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音楽は強くもあり弱くもある(1)


(2022年2月25日)

ツイッターのあるフォロワーさんがこうお書きになっていました。

軍楽隊や行進曲というのは戦争と対のような関係であって、スーザ、アルフォード、タイケといった名作曲家達も避けて通らなかった道でもあるので、この時勢に戦争が起きたとしても、ブレることなく愛好していきたいと思う次第です。それだけの覚悟がないと、行進曲を愛でるのは難しいと思うのです。


私の創作活動の中で「行進曲」の作曲は今や特別な位置にあります。ただ、私は最初からそれを目指したわけではありません。むしろ避けようとしていた時期もあります。

思い返せば、私の「作曲家」デビューは「行進曲」でした。スーザの形式を模倣し、「ミリタリー・マーチ」と銘打ったものでした。その後、特別な機会に行進曲の作曲を依頼されることもあり、私の中で徐々に特別な位置を占めるようになってきました。

昨年イタリアの「国際行進曲作曲コンクール」での受賞後、「Wind Band Press」様のインタビューで私は、「吹奏楽といえば行進曲!と言うつもりはないが、行進曲には吹奏楽が一番合うと思う」といったことをお話ししました。私の創作活動の中心が吹奏楽であることから、私はこれからも行進曲を作る機会を持つことになると思います。


「行進曲」と聞くとそれだけで眉をひそめる方はまだまだいらっしゃるかもしれません。特に実際に戦争を経験された方など…。それはフォロワーさんもおっしゃるように、行進曲、吹奏楽(軍楽隊)が歴史的に見ても戦争と結びついていることに起因すると思います。

音楽というものは「強くもあり弱くもある」というのが私の思いです。

時に人々の心を固く結びつけるだけの強さを示してくれますが、権力者によって利用される、場合によっては違った意味を持たされる時もあります。

果たして、「行進曲」はどうだったでしょうか…?

現代においても様々な行進曲が生まれています。伝統的なスタイルや語法を踏襲したものもあれば、全く新たなスタイルを追求したようなものも…。
「規律」や「統率」といった目的からは離れた位置に立つ行進曲だって…。

きっと、これまでとは違った「強さと弱さ」を持った行進曲が今後も生まれてくるでしょう。

まだまだ行進曲は必要とされている…私はそう思っています。


世界がある場所の動向を注視している中、私の2つ行進曲を『Golden Hearts Publications』様が出版してくださいました。

もちろん、「戦争」や「規律」、「統率」といったものとは無縁です。見かけの派手さや力強さはないかもしれませんが、強い意志を持たせたつもりでいます。

コンサート・マーチ「シャイニング・ソウル2」

行進曲「ステップ・フォー・ステップ」

(Facebookへの投稿を一部加筆・修正の上転載しました。)



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