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タグ: 正門研一

ゴセック作曲『古典序曲』をめぐって

②作品をめぐる現状と評価、そして、向き合い方の探求


さて、『古典序曲』あるいは『Symphonie en ut』、近年日本で演奏される機会は少ないのですが、フランスではどうなのでしょうか?

ゴセックを含め「革命期」の音楽(軍楽)を巡る状況をぺロネ博士は次のように考察します。

1) 革命期の音楽を吹奏楽で演奏すること。
革命期の作品は、1989年から1995年にかけて音楽家や音楽学者の注目を集めた。デジレ・ドンディーヌ(1921-2015)と音楽学者フレデリック・ロベール(1932-2023)の再オーケストレーションにより、多くの楽譜が再発見された。フランス革命200周年を記念して、数多くのコンサートや録音が行われた(註11)。これらの作品の多くは再販されている(CMFディフュージョン、その後ロベール・マルタンが買収)。これらの作品はフランスの主要なプロおよびアマチュア・オーケストラのレパートリーの一部ではあるが、ここ15年間は演奏される機会がかなり減っている。
音楽学的な考察がこの主題に及んでいる。再オーケストレーション(現代楽器、特にサクソフォンを使用)は、純粋主義者やバロック音楽の愛好家たちの間で大きな論争となっている。しかし同時に、後者はフランス革命の野外祝典のために書かれた作品(それらは基本的にパリ国家警備隊の音楽隊に捧げられたものだった)にはほとんど関心を示さない。叙情的な作品(オペラ)は、バロック・オーケストラやヴェルサイユ・バロック音楽センター(CMBV)によって演奏されている。

2)オリジナル・アンサンブル
フランスには、バロック楽器を使用し、この音楽を演奏するために部数に応じて編成された吹奏楽団(管楽器のアンサンブル)が存在しない。

3)これらの欠点の原因
バロック音楽を愛する大衆は、野外音楽に興味がない。比較的簡単でオリジナリティに欠けると批判される。
また、これらの器楽作品、特にカテル、メユール、ドゥヴィエンヌといった著名な巨匠によるこの時期の「序曲」に対する無知も大きい。
現代の吹奏楽団は、人的資源(有能な音楽家)と物的資源(ピリオド楽器)の不足のために、ピリオド楽器の演奏を始めていない。
公的機関(国、地方、町)は、この芸術的な 「ニッチ」を発展させることに関心がない。

状況は日本でも同じではないでしょうか?

それでは、今の時代に『古典序曲/Symphonie en ut』を演奏する意義とは?
今一度、当時の状況や評価をも振り返りながら、現在における作品への向き合い方を探求します。


繰り返すようですが、ゴセックをはじめ革命期の著名作曲家が作った軍楽作品は今日の吹奏楽の歴史の出発点と言ってもいいでしょう。これらの作品がなければ、エクトル・ベルリオーズ Louis Hector Berlioz (1803~1869)の『葬送と勝利の大交響曲 Grande symphonie funèbre et triomphale』(1840年)は生まれなかったかもしれません。さらに言えば、(これは軍楽隊に限ったことではありませんが)空間配置(ステージ上・ステージ外)へのこだわりもベルリオーズ以降のロマン派音楽の展開に大きな影響を与えていると考えることができるのです。

革命期、確かに音楽の機能、ありようは変化しました。求められたのは専門的知識や音楽的素養のない民衆にも聴きやすく「理解する」必要のないもの。旋律的なものが前面に出ており、伴奏は可能な限り単純であること。確かに革命に関連する作品に見られる傾向ですが、『Symphonie en ut』はどうでしょうか?

伝統的なポリフォニーの書法を離れ、「展開」の素材としての主題、和声的展開、いわゆる「マンハイム・クレッシェンド」も含めた強弱法と、バロックから古典派への転換期の典型とも言える構造は確かに多くの「革命歌」や行進曲とは一線を画しています(ロールとエナンがこの曲を「革命の音楽」に分類しなかったのも理解できる気がします)。

果たして、この作品がどのように演奏され、そしてどう受け止められたのか、という点に興味が湧いてきます。


既述の音楽誌『Journal des théâtres et des fêtes nationales』第4号には次のような記述があります(ピエールも『Les hymnes et chansons de la Révolution』で引用しています)。(図7)(註12

楽器は、まだ知られていなかったような完璧さでそれを演奏した。ボエティウス註13は、指と声だけで音楽を練習するような人を、音楽家という名前で称えたくはなかったのだが、もし彼が国立音楽院の芸術家たちの演奏を聴いたなら、彼らを音楽家と思わずにはいられなかっただろう。

図7
Journal des théâtres et des fêtes nationales』第4号 より

作品そのものへの言及はないのですが、演奏の水準は高かったのでしょう。それは、軍楽隊員を養成する国立音楽院 Institut National de Mnsiqueの教育水準の高さをも示していると言えます。当時国民祭典で演奏する軍楽隊には、音楽院の生徒だけでなく教師も加わっていました(その中にはフルートの名手であり作曲家としても活躍したドゥヴィエンヌもいました)。もっとも、ぺロネ博士によると、国立音楽院はもともと(劇場の音楽家と同様)訓練された「学識ある」音楽家を対象にしていたとのことです。であるなら、演奏の水準が高かったことも頷けます(一方で、「騎士団員」と呼ばれる軍人音楽家−それは主にトランペット奏者や太鼓奏者−たちは、この種の訓練を受けていないそうです)(註14)。しかも、既述音楽誌がボエティウス引き合いに演奏を賞賛していることから見ても、それが単に実践的な演奏技術の高さを見せるだけのものではなかったということでしょう。なお、この時軍楽隊の指揮をとったのは副楽長のジャン=グザヴィエ・ルフェーブル Jean-Xavier Lefèvre (ou Lefèbvre) (1763~1829)であったようです(註15)。

しかし、野外で開催される国民祭典、反響もない空間、かつ現代のように電気的な増幅装置もないような状況で音楽が十分に届いていたのだろうか、という疑問は湧いてきます。静かに音楽を聴くという環境でないことは容易に想像できるからです。ティエリー・ブザール Thierry Bouzard(註16)が8月10日の国民祭典(:ブザールは「コンサート」と表現しています)についてこう記しています。

何万人もの民衆が庭園とその周辺に押し寄せたが、効果音はかえって聴衆をパニックと恐怖に陥れ、反革命軍がチュイルリー通りの人々を銃で撃っているのだと思わせた。群衆は恐怖のあまり逃げ惑い、多くの犠牲者を出した。(中略)音楽の演奏という点では失敗に終わった。」(註17

祭典に集ったすべての民衆に音楽が届いたというわけではないようです。

なお、既述の音楽誌は、聴衆が一番熱狂したのはメユール作曲の『Le Chant du départ, Hymne de guerre』(図5=①作品成立の経緯を探る 参照)だったと報じています。


ピエールは著書『Les hymnes et chansons de la Révolution (1904)』(既述)での中で『Symphonie en ut』についてこうコメントしています。

この作品は純粋な交響曲的性格を持たないので、器楽曲の代名詞としてとらえるべきだろう。(中略)全体として、面白いものは何もない。

確かに五線紙に書かれた情報は多くありません。ゴセックは「その時代」の書き方で作品を書いています。その背景には当然「その時代」の演奏習慣、様式(スタイル)といったものがあります。19世紀以降の、細かに書かれるようになった楽譜を見るのと同じ目で『Symphonie en ut』の楽譜を見た時、ピエールが書いているような、「特徴的な旋律はなく、展開もなく、代わりに単純なリズムの定型が豊富で、絶えず繰り返され、」という印象を持つ人がいても不思議ではありません。もちろん、ピエールを批判するわけではありません。おそらく実演を聴いたことはなかったでしょうし、古い時代の演奏法などを探求するような機運も今日ほど高くはなかったでしょうから。

一方、ゴールドマンらの仕事も、彼らのバンドの編成や聴衆の耳に合わせた(アーノンクールの言葉を借りるなら)「当世風の編曲」と言えますが、これも決して批判されるものではありません。確かに、今日の「原典主義」とも言えるひとつの潮流からするとゴールドマンらの編曲は再考の余地があるのですが、ゴセックが「その時代」の書き方で作品を書いたようにゴールドマンらも「その時代」の書き方で編曲したのです。ゴセックやカテル、メユールらの作品を蘇演し、吹奏楽の大きな遺産の存在を知らしめてくれただけでもゴールドマンらは大きな仕事をしたのです。


ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の楽長を務めたピエール・デュポン Pierre Léon Dupont (1888~1969)はこう述べています。

吹奏楽は、幅広いプログラムの演奏をめざすことができなければならないだろう。(中略)フランスに点在している吹奏楽団と金管合奏団は、大衆の上に普及と教化の使命を遂行する運命を持っている。これらの団体はほんとうの民衆のための音楽院を形成している。」(註18

管弦楽曲などからの吹奏楽編曲を数多く手がけレパートリーの拡張に力を注ぎ、ギャルドの黄金時代を築いたデュポンの発言は、フランス革命以降の軍楽隊の歴史を踏まえてのものでしょう。

「普及と教化の使命」と言う点ではアメリカも同じです。パトリック・サースフィールド・ギルモアPatrick Sarsfield Gilmore(1829~1892)の時代からジョン・フィリップ・スーザ John Philip Sousa(1854~1932)、そしてゴールドマン父子の時代と吹奏楽団の果たした役割は(たとえその手法が商業的なものであっとしても)大きなものだったのです。

それでは、時代も変わった現代において吹奏楽団にできることは?


それは、「作曲された当時の姿」の探求。

今日のクラシック音楽界では当たり前になった(とも言える)この探求は吹奏楽ではまだまだ当たり前ではないようにも思えます(これは、今日の吹奏楽のレパートリーがほぼ20世紀以降のものであることとも関係していると思います)。

ゴセックがハイドンやモーツァルトと同時代の人であることを思い出してみましょう(パリで初めてハイドンの交響曲を紹介したのはゴセックですし、モーツァルトはゴセックを「素晴らしい友達」と父への手紙に書いています)。ハイドンやモーツァルトの交響曲に向き合うのと同じ姿勢で、そして(今一度アーノンクールの言葉を借りるなら)「シューベルトもブラームスも知らず、むしろバロック音楽に通じた音楽家や聴衆のために書かれたという前提」に立てば、『古典序曲/Symphonie en ut』への向き合い方もこれまでとは違ったものになるような気がします。

日本でもそうした動きがないわけではありません。

2013年4月11日には東京ウインド・シンフォニカが『Symphonie en ut』を山本訓久氏の校訂(同じ手稿=おそらくスコアのみ=を参照したと思われます)および指揮により一部ピリオド楽器を用いて演奏していますし(「序曲ハ長調」とアナウンス)、2015年5月29日には名古屋アカデミックウインズが仲田守氏の指揮によりサクソルン属が加わらない編成で演奏しています。

作曲された時代の様式(スタイル)を考証した演奏を提供することは、革命期の音楽遺産の価値を問い直すことにもなるでしょうし、もしかすると、ペロネ博士の考察にもあった「比較的簡単でオリジナリティがない」とするバロック音楽愛好家たちに関心を持ってもらうきっかけになるかもしれませんし、ゴセックの幅広い作品群に興味を持つ人々が増えるきっかけになれば喜ばしいことです。


註11)1990年にラジオ・フランスが『MUSIQUE & REVOLUTION』という3枚組のC Dを製作した(発売はERATO Diaques)。クロード・ピショロー指揮パリ警視庁音楽隊その他の演奏により44曲が収めされている。ゴセックの作品は9曲選ばれているが、『Symphonie en ut』は収録されていない。

註12)寄稿者はマリー=エミール=ギヨーム・デュショサール(1763~1806)。彼について詳細は不明であるが、Gallicaによると「文学者、ボルドー議会弁護士。元警察庁長官、移民委員会委員」とある。

註13)言わずと知れた古代ローマの哲学者。古代ギリシャの音楽論を伝承した『音楽教程』で、音楽を「世界の調和としての音楽(ムジカ・ムンダーナ)」「人間の調和としての音楽(ムジカ・フマーナ)」「楽器や声を通して実際に鳴り響く音楽(ムジカ・インストゥルメンターリス)」に分類している。

註14)論文『Le musicien militaire en France de 1795 à 1914 : éducation musicale et statut professionnel』(2015年)
ぺロネ博士は、1793年から1795年の間にフランスの楽器演奏者の教育が進展し、音楽家の質が向上した、と述べる。軍楽隊の音楽家(教師)は、平均して2人の兵士を育成する義務を負っていたという。

註15)コンセール・スピリチュエルのクラリネット奏者を務め、1778年からMusique des Gardes Françaisesで活躍、1789年から1817年までオペラ座のオーケストラ(音楽院)に在籍した。革命が始まると、パリ国民衛兵音楽隊の副楽長兼クラリネット奏者となる。ゴセックとともに音楽院の創設者の一人である。

註16)ティエリー・ブザールは2019年から2023年まで、サトリの陸軍音楽司令部(COMMAT)で軍音楽の歴史を教えた。

註17)論文『Instruments fabuleux et concerts-monstres : les extraordinaires orchestres militaires』(2018年)

註18)ルイ・オベール、マルセル・ランドスキ共著(小松清訳)『管弦楽』(1961年 白水社)p.157-158 ※翻訳の一部を改めた。


→ ③校訂方針1. 参照楽譜を概観する

← ①作品成立の経緯を探る

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ゴセック作曲『古典序曲』をめぐって

①作品成立の経緯を探る


バロック後期から前古典派の時代にフランスで活躍したベルギー生まれの作曲家フランソワ・ジョセフ・ゴセック François-Joseph Gossec (1734–1829)。彼が作曲した『古典序曲』は1951年にアメリカで初演されたリチャード・フランコ・ゴールドマン Richard Franko Goldman (1910~1980)とロジャー・スミス Roger Smithによる編曲が広く知られています。この編曲は1955年に「マーキュリー・ミュージック」から出版され、1970年代には日本にも紹介されました(註1)。ゴールドマンとスミスは「ゴールドマン・バンド」(リチャードの父、エドウィンが1911年に結成)のために編曲したのですが、ゴセックの時代にはまだ発明されていなかった「サクソルン族」(サキソフォーンなど)が加えられるなど大幅に拡大されており、現代の一般的な編成となっています。21世紀も4分の1が過ぎようとする今となっては、そのサウンドにやや「古さ」を感じる人もいるでしょう(もちろんこの「古さ」にも良さはあるのですが)。この編曲は、1950年代のアメリカの吹奏楽の響きを楽しむことはできるものの、ゴセック(の時代)の音楽様式あるいは演奏様式の点で再考の余地があるように思います。

校訂譜の制作方針を定めるためには、作品成立の経緯を知ることが極めて大切であると考えますので、まずはゴセックの時代(フランス革命期)の軍楽隊の活動を交え探っていきます。


確かに、近代の大規模な吹奏楽(管楽合奏)の歴史はゴセックが活躍した時代、つまりフランス革命期(1789〜1895)の軍楽隊に起源を持つと言っても過言ではありません。革命前のフランスの軍楽隊の規模や楽器編成などは決して大規模とは言えないもの(20人に満たない)でしたが、1789年のバスティーユ襲撃後に結成された国民衛兵隊la Garde nationaleに置かれた軍楽隊は45人であり、当時としては異例の規模でした。この軍楽隊の設立に尽力したのはベルナール・サレット Bernard Sarrette大尉(1765~1858)。そして、楽長(中尉)の任にあったのがゴセックです。軍楽隊の最初のメンバーは、「衛兵学校l’École des Gardes Françaises」(1764年設立)の音楽学生たちでした(註2)。

のちの国立高等音楽院の上級事務官で作曲家でもあったコンスタン・ピエール Constant Pierre(1855~1918)が著書『Musique des fêtes et cérémonies de la Révolution française (1899)』(以下『Musique des fêtes』)(図1)の中で、この軍楽隊の業績を簡潔かつ的確に記しています。

コンセルヴァトワールの基となったパリ国民衛兵の音楽家たちのイニシアティブによって、かなりの進歩を遂げたということができる。この芸術家たちは、それまでクラリネット、ホルン、ファゴットで構成されていた軍楽に、まだほとんど使われていなかった既知の管楽器を採用し、新しいものを創造した。加わったのは小フルート(ピッコロ)、オーボエ、トランペット、セルパン、トロンボーン、テューバ・クルヴァ、ブッチーナ、打楽器など。さらに、彼らはレパートリーの幅を広げ、独創的な曲でレパートリーを充実させた。楽器の編成も多様で、演奏会用序曲や交響曲の形で構想され、当時の音楽をほぼ独占的に形成していた喜歌劇のアリアのメドレーよりも発展的で興味深いものであった。確かに、これらの作品は、今日与えられているような発展性からはほど遠い。それでも、当時としては驚くべき革新性を持っている。これらの作品は、回顧的な主題を扱った作品の中で呼び起こすべき、古くからの特徴的なモチーフを探している人たちにテーマを提供するものであり、また、これらの作品のいくつかは、チボリ公園 Jardin Tivoli,やパヴィヨン・ダノーヴル Pavillon de Hanovreなど、さまざまな公共施設が主催する吹奏楽コンサートのプログラムに登場していることにも触れておきたい。

図1
Musique des fêtes et cérémonies de la Révolution française 』の表紙

国民衛兵隊の軍楽隊は翌年70人に拡大されます。財政的な問題もあり1792年には解散の憂き目に遭いますが、その後「国立音楽院 Institut National de Mnsique」(1973年11月8日設立)に統合されました。この国立音楽院は、サレットとゴセックが1792年6月9日に設立した「国民衛兵無償軍楽学校 École gratuite de Musique de la Garde Nationale」(註3)が基になっており、1795年8月3日設立の「高等音楽院 Conservatoire de Musique」(今日の「パリ音楽院」)へ繋がっていきます(註4)。国立音楽院は国の要請により、すべての公的な祭典に軍楽隊を提供する義務を負っていました。ゴセックはこれら教育機関で指導的役割を果たす傍ら、軍楽隊向け、「国民祭典」向けの作曲を多く行なったのです。大規模な合唱を伴う吹奏楽作品が目立ちますが、行進曲や序曲、交響曲なども作曲しました。


ピエールには『Les hymnes et chansons de la Révolution (1904)』(以下『Les hymnes』)という著書もあります(図2)(註5)。『Musique des fêtes』では主に「音楽院」にゆかりのある作家の148曲がすべてピアノ・リダクション版で紹介されていますが、『Les hymnes』ではその対象がさまざまな作家にまで拡大され、1789年から1802年にかけて作られた「革命歌」など2337曲を演奏形態別に整理し、それらの概要(タイトル、作者名、テーマ、出典、出版社、版の性質などに加えて、その起源、特殊性、変種、回想や備考、主な演奏などを記述した注釈など)が記されています。その中で『Symphonie en ut, par GOSSEC.』という作品が譜例(冒頭のみ)を伴い紹介されているのですが、これこそ私たちが知る『古典序曲』の原典なのです。『Les hymnes』にはピアノ・リダクション版が掲出されています。

図2
Les hymnes et chansons de la Révolution 』の表紙

幸いなことに、この『Symphonie en ut』のスコアとパート譜(一部)の手稿はフランス国立図書館(BnF)が運営する電子図書館(Gallica)で閲覧することができます。ただし、いずれもゴセック自身の手によるものではありません。おそらく、ゴールドマンらはこれら手稿、あるいはピアノ・リダクション版に基づき編曲したのでしょう(もちろん、編曲当時に電子的な手段はありませんから、当時国立高等音楽院に保存されていたと思われる手稿を直接見たか、『Les hymnes』を手に入れたのではないかと思われます)。


作品は1794年8月10日(共和国暦II 年/テルミドール23日)に披露されたことが確認できます。ただし、これが初演であったかどうかは不明です。当時の音楽誌(日刊)『Journal des théâtres et des fêtes nationales』第4号(1794年8月21日/共和国暦II年フリュクティドール4日)(以下『Journal des théâtres』)(図3)には、「国立庭園(現在のチュイルリー公園)」における「国民祭典」の幕開けに演奏されたことが記されています。また、同誌の記述から、国立音楽院 l’Institut National de Mnsiqueの軍楽隊が演奏したということも分かります。当時の音楽院には教師115名、生徒600名ほどがいたとされていますが、これらすべての人が演奏に携わったのかどうかは不明です。しかし、この祭典の2か月前に催された「最高存在の祭典」には全員で参加し、ゴセックの『Hymne à l’être suprême』(自筆のスコアのみ現存します)などを演奏したようです(註6)。

図3
Journal des théâtres et des fêtes nationales』第4号

演奏場所について、Gallicaは「オペラ座」と説明しています。それは、パート譜の作成がオペラ座の写譜家の手によるものであると推定されること、また、保存されているパート譜に「オペラ座における演奏会のために作曲」とのメモが添えられているためだと思われます(図4)。なお、8月10日にオペラ座で何らかの演奏会が催されたことを確認することはできていません(ちなみに、『Journal des théâtres』第6号(1794年8月23日/共和国暦II年フリュクティドール6日)では、移転したオペラ座が8月7日(テルミドール20日)に舞台『Réunion du 10 août』の無料公演で幕を開けたことが報じられています)。

図4
パート譜(手稿)に添えられたメモ

上述の通り『Symphonie en ut』は「国民祭典」で演奏されたことは確認できているのですが、それが目的で作曲されたわけではないと考えられます。


1794年から発行された月刊誌に『Musique à l’usage des fêtes nationales』というものがあります。「国民祭典」で使用された音楽作品の楽譜(主にパート譜)のみで編集されたものです。その第6号(共和国暦II年フリュクティドール号)には8月10日の祭典で演奏された作品が掲載されていますが、『Symphonie en ut』は掲載されていません(図5)。それは編集上の都合かもしれませんので、これをもって作曲の目的、経緯を推定することは難しいと思われます(註7)。

図5
Musique à l’usage des fêtes nationales』第6号

前掲のピーエルの記述にあるように、さまざまな公共施設が吹奏楽コンサートを主催していたようですから、オペラ座がそのようなコンサートを開催していたとしても不思議ではありません。であるなら、8月10日ではない別の日だったのではないかと考えられます。つまり、Gallicaが説明している「1794年」よりも前に作曲された可能性もあるわけです。ピエールが『Musique des fêtes』で『Symphonie en ut』の作曲年代を確定させていないのも頷けます(図6)。

図6
Musique des fêtes et cérémonies de la Révolution française 』より

ここで断言することはできませんが、図4にある楽器編成で作曲しその後、「国民祭典」のために新たな楽器を加えたと考えることは可能でしょう(別項で考察します)。

ちなみに、フランスの音楽学者パトリック・ぺロネPatrick Péronnet博士(註8)によると、1794年以降民衆は屋内(革命によって破棄された教会や寺院)で「祭典」と行うことを好んだそうです。当然ながら、軍楽隊(オーケストラ)や合唱団の規模は縮小されることになります。80人の合唱団に対し約20人の器楽(管楽器。弦楽器は貴族的すぎると考えられていました)奏者、という規模です。図4にある楽器編成はそれに近いものがありますので、「オペラ座における演奏会」もまた「祭典」であったと考えることができます。
(ぺロネ博士を紹介してくださった作曲家ギョーム・デトレ Guillaume Détrez 氏に対し多大なる感謝の意を表します。)


さて、Gallicaの説明には興味深い記述があります。それは、『Symphonie en ut』が『Symphonie à grand orchestre n°2 en do majeur [RH 47 / B 85] 』第一楽章の管楽版ということです(註9)。手稿や『Les hymnes』にはそれと分かる既述はありません。ゴセックの最新の伝記作家であるクロード・ロール Claude Roleがシャルル・エナン Charles Héninとともに2004年に編纂した作品目録(ヴェルサイユ・バロック音楽センター(以下「CMBV」)刊)によると『Symphonie à grand orchestre n°2』は1777年頃に作曲されています。

ゴセックは「フランス交響曲の父」と称されるほど多くの交響曲を作りました(60曲ほど)。大作曲家ジャン=フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau (1683~1764) 率いるオーケストラ「ラ・ププリニエール La Pouplinière」でヴァイオリン奏者を務めた時期に客演指揮者として招かれたヨハン・シュターミッツ Johann Wenzel Stamitz (1717~1757) と出会い、彼は「マンハイム楽派」のスタイル、その革新性を知ることになります(その影響はもちろん『Symphonie à grand orchestre n°2』/『Symphonie en ut』にも見てとれます)。そして、「ラ・ププリニエール」在籍中に約30曲、その後も、1769年に自ら創設したオーケストラ「コンセール・デ・ザマテュール Concert des Amateurs」や、1773年に再建され人気を博した「コンセール・スピリチュエルConcert Spirituel 」のために交響曲を作曲、指揮しました。当時彼の交響曲の主たる客層は上流、中流の市民たちであったのは確かです。オペラ座でも仕事を持ち、貴族による長年の庇護にもかかわらず、「革命」が始まるや民衆の側に立ち、国民衛兵隊の軍楽隊で活躍した彼は、どのような想いで『Symphonie en ut』を作曲(改編)したのでしょうか?ちなみに、ロールとエナン編纂の作品目録(上述)には「革命の音楽」という分類項目がありますが、『Symphonie en ut』や、同じく軍楽隊向けの『Symphonie militaire [RH 62]』(1793年)は「交響作品」に分類されています(その辺りの事情を直接ロールやエナンに尋ねようとしたのですが、CMBVによると「ともにかなりの高齢であるため対応困難」とのことでした)。

あくまでも推測なのですが、“マエストーソ”の音楽”(楽譜にはAllegro maestosoと標記されています)が軍楽に相応しいと考えたのではないか、ということです。ゴセックに限らず、革命期に作曲された音楽や祭典の音楽の多くは“マエストーソ”です。もうひとつは、“ハ長調”という調性にあります。当時の楽器(特にクラリネット)の機能、性能を考えて、ということは十分考えられます。ハ長調やヘ長調の作品が多いのは当時の楽器の機能、性能と無関係ではありません。すでに17世紀末には、マルカントワーヌ・シャルパンティエMarc-Antoine Charpentier (1643~1704)が「愉快、軍隊的」と表現していますし、かのジャン・ジャック・ルソーJean-Jacques Rousseau (1712~1778)もハ長調を「愉快、壮大」と表現しています。ドイツでも、ヨハン・マッテゾンJohann Mattheson (1681~1764)が1713年に、「軍隊を鼓舞することに役立っている」(註10)と書いているくらいですから、ゴセックがマエストーソでハ長調の『Symphonie à grand orchestre n°2』第一楽章を軍楽隊向けに改編しようと考えても不思議でないように思います。


革命をきっかけに音楽は民衆に近づきました。ゴセックをはじめ多くの作曲家が「革命歌」を作りました。それらは民衆にも聴きやすいものであったはずです。ただし、これはニコラウス・アーノンクール Nikolaus Harnoncourt(1929~2016)も指摘するように「一種の衰微」とも言えます。ゴセックらが言わば「使命」として「革命歌」を作っていたことは十分に理解できるのですが、それだけで満足していたわけではないと思いたくなります。ゴセックだけでなくフランソワ・ドゥヴィエンヌ François Devienne (1759~1803)やエティエンヌ=ニコラ・メユール Etienne Nicolas Méhul (1763~1817)、シャルル・シモン・カテル Charles Simon Catel(1773~1830)など著名な作曲家たちも「交響曲」や「序曲」を軍楽隊むけに作曲しています。これは何を意味するのでしょうか?

主に宮廷や上流、中流階層のために作曲していたゴセックらが、軍楽隊を通して「こうした音楽も民衆の手にあるのだ」と伝えようとした、と考えることはできないでしょうか?先に呈した「どのような想いで『Symphonie en ut』を作曲(改編)したのでしょうか?」という疑問に対する答えはこんなところにもあるような気がします。

ゴセックは、「音楽は国家(言い換えれば 「国民」)によって賄われるものであり、それはすべてのフランス国民の音楽である」と書きました。このことは、「民衆のために」書くことの重要性を説明している、とペロネ博士は言います。革命期、祭典向けの賛歌や行進曲といった機会音楽を作ることが多かったゴセックが『Symphonie en ut』を作曲(改編)をしたことは、宮廷や上流階層というある意味閉鎖的な環境に置かれた音楽が全ての民衆に開かれたことを示す一例と考えていいでしょう。


註1)日本版は「音楽之友社」より出版

註2)学生は兵士の息子であることが必須条件であった。

註3)国民衛兵無償軍楽学校 École gratuite de Musique de la Garde Nationale は120人の学生音楽家(全員国民衛兵の息子たち)を擁するまでになり、14の軍隊、そして共和国の軍隊のために軍楽士を養成した。各生徒は制服、楽器、楽譜を自分で用意しなければならなかった。

註4)現在の正式名称は「パリ国立高等音楽・舞踊学校」

註5)『Les hymnes et chansons de la Révolution (1904)』はもともと、1882年にピエールらが行った音楽院設立の準備行為を掘り下げる研究に端を発しており、『Là musique aux fêtes et cérémonies de là Révolution française』、『Musique des fêtes et cérémonies de la Révolution française (1899)』とともにパリ市の刊行物として発刊された。もっとも、その内容は1894年から1895年にわたり数度発表されていたようだ。

註6)井上さつき著『フランス・フルート奏者列伝 ヴェルサイユの音楽家たちから』(2024年 音楽之友社)p.81-83

註7)1794年8月10日の祭典では、『Symphonie en ut』に続き、やはりゴセックが作曲した『Hymne à l’être suprême』が再演されている(初演は1793年11月10日、「理想崇拝の祭典」にて)。作詞はマリー=ジョセフ・シェニエ Marie-Joseph Chénier (1764~1811)。『Hymne à l’être suprême』の楽譜も『Musique à l’usage des fêtes nationales』第6号には掲載されていない。(図5参照)なお、『Hymne à l’être suprême』は1794年6月8日の「最高存在の祭典」においては歌詞を変えて演奏されているが、1794年8月10日の祭典ではシェニエの歌詞に戻されたようだ。

註8)パトリック・ぺロネ博士(1959~):音楽学博士(パリ・ソルボンヌ大学)、IReMus音楽学研究所(BnF / CNRS)準研究員であり、AFEEV(Française pour l’Essor des Ensembles à Vent)幹事。専門領域は18世紀から20世紀の管楽アンサンブル、その範囲はレパートリー研究にとどまらず、政治的、社会的影響にまで及ぶ。著書に『Les Enfants d’Apollon. Les ensembles d’instruments à vent en France de 1700 à 1914』(2023)など。

註9)「RH○○」はロールとヘニンによる整理番号。「B○○」はアメリカの音楽学者バリー・S.ブルックによる整理番号(「Br○○」と記されることもある)。ブルックは『Symphonie à grand orchestre n°2』の作曲年を1773年としている。なお、ロールとヘニンは『Symphonie en ut』に「RH 63」という整理番号を与えているが、ブルックは整理番号を与えていない。

註10)ヨハン・マッテゾン著(村上曜訳)『新しく開かれたオーケストラ(1713年)』(2022年 道和書院)p.194-195
マッテゾンは「ハ長調(イオニア旋法)はひどく粗野で厚かましい属性を持っているが、お祭り騒ぎや、さもなくば喜びを爆発させるような場面にも不適ではない。」と書いている。


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ゴセック作曲『古典序曲』をめぐって

2025年5月11日(日)開催の「九州管楽合奏団 演奏会2025」において演奏されるF. J. ゴセック作曲『古典序曲』、楽団からの依頼により監修者として新たな校訂譜を提供しています。
本稿は、校訂譜およびプログラム・ノートの作成にあたり収集した史料や文献、取材内容に基づき構成しました。
※ 転載、複製等を希望される場合は事前にご相談ください。


作品成立の経緯を探る
 (2025年3月14日 公開/3月31日 更新)

作品をめぐる現状と評価、そして、向き合い方の探求
 (2025年3月19日 公開/3月31日 更新

③校訂方針
 1. 参照楽譜を概観する(2025年4月3日 公開)
 2. 校訂内容(準備中)



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音楽は強くもあり弱くもある(2)


(2022年3月10日)

先日(2月25日)自作が出版されたことを投稿した際、「音楽は強くもあり弱くもある」と私は書きました。(参照/https://in-just-music.com/archives/2511)

音楽は置かれた環境によっては全く違う意味を持たされてしまうことがあるのです。

私くらいの世代なら覚えている方もいるでしょうが、随分前にシュワルツェネッガーを起用した栄養剤のコマーシャル、「♪ちー・ちーん・ぷい・ぷい」とコミカルに演出されていました。コマーシャルの意図するところは、「ちちんぷいぷい!とおまじないのように疲れが和らぐ」といったものだと思うのですがが、何せ、使われている音楽そのものが、「ちちんぷいぷい」とおまじないにかかって、全く別の姿に変わってしまったのですから。

そこで使用されていた音楽は、ショスタコーヴィチが1941年に作曲した『交響曲第7番“レニングラード”』、その第1楽章でラヴェルの『ボレロ』よろしく、繰り返し流れるメロディです。ご存知の方も多いでしょうが、この『レニングラード』という曲は、作曲年を見ても分かる通り、第二次世界大戦の最中、独ソ戦争の最大のドラマのひとつとなったレニングラード攻防戦が背景となって作られたものです。あのコマーシャルのようなコミカルさとは無縁です。クラシック音楽とあまり縁のない皆さんはきっと、そのコマーシャルのために作られた音楽としか思わなかったでしょうね…。

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音楽は作られた当時の社会状況や環境などを(時には作曲者が意図せずとも)反映するものだ、と私は考えていたのですが、この時初めて「音楽そのものは、置かれる状況によっては作者が全く意図しない方向に変化してしまうこともあるのだ」ということを実感しました。そういう意味では、「ちちんぷいぷい」と音楽におまじないをかけてしまうマスメディア(マスコミ)の力恐るべし、と言うべきか…。

この数週間、音楽芸術を巡る動きも良くない意味で活発…

「音楽の強さと弱さ」を改めて感じています。

そして、私たち自身も「ちちんぷいぷい」とおまじないにかけられないよう向き合っていきたいものです。


そう、私は最近オネゲルの『交響曲第5番“三つのレ”』(1950年作曲)に耳を傾けることがあります。私はまだ生を受けていない時代に生まれた作品なのですが、米ソ冷戦の時代を反映しているように思われ(オネゲルがそれを意識したかどうかは分かりませんが、自身の体調も優れなかったこともあってか、世界の先行きについて悲観的な見方をしていたのは確かです)、最近の動向と重なるように思えるのです。

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音楽は歴史の証言者になり得る」と言ってもいいでしょう。そこにこそ音楽の「強さ」があるのだとも思っています。
(そもそも、芸術は庶民と権力者とのある種「対話」、という側面があると私は思っています。異論はあるかもしれませんが、私たちが意図せずとも「政治的」な一面は持ち合わている。だからと言って「政治的」に利用されるのはごめんです!)

『交響曲第5番“三つのレ”』然り、フサの『プラハ1968年のための音楽』然り、ショスタコーヴィチ然り…こうした作品がもう生まれてこないで済むような世界に…。

だからこそ、こうした作品を通して歴史を振り返ることを忘れてはならないのではないか、とも思ったり…。

ちなみに、今日3月10日はオネゲルの誕生日(1892年)。



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冬の記憶


(2021年10月25日)

やはり、というか…音楽は人の記憶や感情を呼び起こすもの、呼び覚ますものであって…。
人はそうして呼び起こされたものと向き合うことで自分の未来を想像・創造していくのだ。
それが音楽の持つひとつの「力」(正直、「音楽の力」という言葉は好きになれないのだが…)だろうと思う。


「記念日」や「アニバーサリー・イヤー」(自身にとっての)というものにはあまり頓着のない人間である私、最近になって、拙作『イマージュ 〜サクソフォーン四重奏のために』が作曲からちょうど20年にあたることに気づいた(この11月初旬が「初演」20周年/出版は2004年)。

一昨年の『Wind Band Press』さんでのインタビューでも触れているが、この作品は私の(創作上の)ターニングポイントのひとつになっている。そして、この曲がなければ、近年アンサンブル・コンテストで取り上げられるようになった『RONDO CHROMATIQUE』(サクソフォーン三重奏曲/Golden Hearts Publications刊)も生まれていない。

実は、『イマージュ』を書いた時期、私の生活は何かと乱れていた。荒れていた、とも言える。当時は会社員であった私、自分の先行きを模索していた時期でもあった。自分のことを誰かに打ち明けるようなこともなかったのだが、後年、この曲に触れた知人に「けんちゃん、この曲書いた頃は乱れていたんじゃない?」と言われ驚いたこともあった。結構見透かされるものなんだなぁ…(苦笑)

私はそれほど多くの作品を書いているわけではない。だからかもしれないが、ひとつひとつの作品を振り返ると、書いた頃の状況や心情は結構蘇ってくる(もちろん差はあるが)。

だから、『イマージュ』を振り返ると、当時を思い出し「寒気」を催したり…
ちなみに、タイトルには添えていないが「冬の記憶」という、いかにも寒そうな副題がこの曲にはある

『イマージュ』が呼び覚ます私の記憶…それはとてもじゃないが人様に誇れるようなものではない。しかし、ひとつ間違うと当時と同じような状況にならないとも限らない。

いや、そうならないために今一度向き合ってみるのだ。

それにしても、第四楽章(下の動画では 5’02”あたりから)の長い旋律(かなり「即興的」…?)、自分ではこれを超えるものをまだ書けていないと思っている。



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「第6回国際行進曲作曲コンクール」本選を前に


 (2021年6月7日)

今週末(6月12日)に迫ってきた「第6回国際行進曲作曲コンクール」のファイナル。

まずは、世界的に厳しい状況にある中、このコンクールの開催を決断し、ここまで準備をしてくださった”Amici della Musica, Allumiere”の皆さんをはじめアッルミエーレ市当局、審査員の皆さんには心からの敬意と感謝を申し上げる次第です。

今の気持ちを正直にいうなら、本当に落ち着かない(笑)

現地へ赴くことができないというのも理由の一つではあるのだが、複雑な感情が入り乱れている、というところだ。ひとりこのモヤモヤを溜めておくのも他の仕事に影響しかねないし、健康にもよくないだろう(笑)

だから、少し書き留めておくことにしよう。


複雑な感情になる一つの要因は、昨年来のCOVID-19をめぐる状況にあることは確か。実は、この状況がなければ、このコンクールのことを知ることもなかったかもしれないのだ。

COVID-19のためにできた時間を作品(厳密にいうと、お蔵入りしていた作品の手直し)のために使うことができたのは幸運だったのかもしれないが、やはり手放しでは喜べない思いは確かにある。

一方で、とても身の引き締まる思いもある。私と同じカテゴリー(コンサート・マーチ)のファイナリストの方々(や、彼らのこれまでの作品)について知れば知るほど、彼らと肩を並べることがいかに光栄なことであるか…。

そして、主催者やアッルミエーレの皆さんにとって今回のコンクールがいかに特別なものであるか、ということを各種記事で知ったことも、身の引き締まる思いがする要因のひとつ。

生きていれば「想定外」なことは起こるものだ。ある意味、日本から応募があったことは、主催者も「想定外」だったかも知れない。が、ここまで真摯に対応していただいたのは本当にありがたかった。応募する前から、「コンクールは開催されますか?」や「”グレード”について教示してほしい」といった問い合わせをしていたのだが、そのひとつひとつに丁寧な回答をいただいた。アッルミエーレの皆さんには怒られるかも知れないが、もしかしたら、一度もお会いしたことのないMaestro Rossano Cardinali(このコンクールを牽引してきた方で、昨年10月没)の導きだったのかも、などと勝手に思っている。

「私の作品はどのように受け止めてもらえるだろうか?」という不安な気持ちは不思議とない。「何かを感じてもらえるだろう」という気持ちは結構強い(笑)

今週末、私はライブ中継を視聴することになるが、アッルミエーレの皆さんとともに過ごす時間は私の音楽人生にとって特別のものになると確信している。

「アッルミエーレの皆さん!初めまして!いつの日か必ず訪れたいと思います!ありがとう!」



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なぜスコアを買って勉強した方がいいの?


今でこそ「スコアを買いましょう」というプロモーションは増えてきているのですが、供給する側が「フルスコアを買ったらどんな良いことがあるのか」ということをお客様に呈示出来ていない…。ぜひ、「指揮者目線」「作曲家目線」「スコア愛好家目線」と3つの目線で呈示してほしい。

日頃お世話になっている梅本周平様(「Wind Band Press」や「Golden Hearts Publications」などを運営する「ONSA」代表)からお話をいただいたのが2020年4月末、世は新型コロナウィルスの猛威に…という時期でした。
すぐに執筆を開始し、第一稿を梅本様に送ったのが約一週間後。「いま事態がこういうことになっているからこんなことに踏み込んで書けますか」との要望を受け、追加の文章を書き、5月13日に公開していただきました。

拙文は、いわゆる「スコアリーディング」の方法を論じたものではありません。
また「音楽理論」という視点ではほぼ語っていません。
まだスコア(単品)を持っていない方、買ったことがない方に向けた(少々長めの)メッセージ、のつもりです。
主に吹奏楽の指導者、演奏者、愛好家の皆さま向けた内容になっていますが、それ以外の皆さまにも気軽に読んでいただけるのではないかと思っています。

基本的には、公開当時の文章を一部修正したのみで、そのまま転載しています。


はじめに

●作曲の正門研一と申します。2017年まで大分県警察音楽隊の楽長を務め、現在は大分市を拠点に作・編曲や演奏指導、執筆等を中心に活動しております。


●皆さんはスコアを見たことがありますか?スコアを持っていますか?
最近は「今こそスコアを買って勉強しよう」と、国内の出版社がスコアの単独販売をするようになってきました。またインターネットを通じて海外の作品のスコアも入手しやすくなっています。仕事柄、私自身にとってはとても有り難い環境になっています。
スコアが入手しやすい環境になったとはいえ、「なぜスコアを買って勉強した方がいいの?」「どんな勉強したらいいの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。


●今回、『Wind Band Press』編集長・梅本周平様からのご提案により、日頃の活動でスコアをどのように活用するかや、スコアとの向き合い方などを私の経験をベースに書かせていただくことになりました。皆さんが「スコアを手にしてみよう」と思うきっかけになれば幸いです。


[1] スコアとパート譜

●スコアは、舞台演劇における台本、シナリオのようなものだと思います。
(映画やテレビドラマは、「通し」で演じられるものではないので、敢えて「舞台」演劇に限定しました。)
演劇の主要キャストやスタッフはすべての台詞や動きが書かれたシナリオをもとに様々な準備をしますし、稽古に臨みます(敢えてキャストにシナリオを持たせずに演出するという手法をとることも稀にあるようですが)。ここでは、音楽における「パート譜」のようなものはまず存在しないと言っていいでしょう。
音楽の場合、「パート譜」があることが当然ですよね。全てを暗譜して演奏に臨むのならまだしも、全員がスコアを見ながら合奏、といういのは現実的ではありません(各奏者に譜めくり役が必要になってしまいます…)ので、パート譜が用意されているのはとてもありがたいことです。


●パート譜は、演劇のシナリオから特定のキャストの台詞を抜き出したようなものですから、それだけで作品の全てをつかむことはできません。そこがどのような場面なのか、誰と一緒にいるのか、誰と会話をしているのか、対立しているのか、などの情報は非常に限られます。もっとも、奏者の皆さんは現在取り組んでいる作品があれば、音源を何度も聴いてストーリーや流れなどをある程度はつかんでいるかもしれません。しかし、音源(しかも特定の)に頼りすぎることには注意が必要です。その演奏の、いわゆる「解釈」が唯一正しいものとして刷り込まれしまう可能性があるからです。現に演奏(練習)している、あるいはこれから取り組もうとしている作品の全貌をつかもうとするのであれば、やはりスコアから、というのが理想でしょう。もちろん、参考とする音源も上手に利用すれば問題ないと思います。


●「スコアリーディング」という言葉を耳にされたことがある方も多いと思います。私も現場で演奏の準備をするにあたりスコアリーディングをしていたわけですが、その方法は様々…。現在はスコアリーディングに関する本も様々出版されていますし、インターネット上でもたくさんの記事が出てきます。
私はこれまでの経験から、演奏者(プレーヤー)こそスコアを上手に活用するとよいのではないかと考えています。スコアリーディングに関する書物の多くは指揮をされる方向けに書かれており(それはそれで演奏者にも十分役立つ内容です)、演奏者がどう活用したらよいかというところにまでは触れていません。ここでは、スコアリーディングの方法を論じる前に、まずはスコアをどのように活用するか、という点に絞ってお話ししたいと思います。
(「そんなこと、すでにやっているよ」と言っていただく方は多いと思いますが…)


[2] 個人練習、パート練習の時こそスコアを

●最初に書きましたように、スコアはシナリオです。あなたが言う台詞には前後関係があります。前後関係を理解しないことにはどのように演じたらよいか(演奏したらよいか)を考えることはできません。その台詞をどう表現するかはその前後関係を理解してこそだろうと思います。「いやいや、それは合奏練習の時に指揮者(先生)が教えてくれるから」と思われるかもしれません。もちろんそれはそれで指揮者の役目ではありますが、大切な合奏練習の時間をそうしたことばかりに費やしてしまうのは少々もったいないような気がします。
皆がシナリオを理解した上で合奏練習に臨めば、指揮者はより深いところにまで踏み込むことができます。


●作曲家(あるいは編曲家)はスコアを書く時、ひとつひとつのパートを順番に書いていくということはまずありません。つまり、極端な言い方をすれば、楽譜を「タテ」に書いていってるのです。あなたのパートは必ずどこかのパートと関連づけられて書かれているのです。あなたが演奏(練習)しているその部分、他の楽器がどのように絡んでいるか知っていますか?個人練習やパート練習の時にそれを意識しながら取り組めば、自分がどのように演奏すればいいかが見えてくるでしょう。合奏中よく「他のパートを聴いて!」と言われることがあるでしょうが、合奏中に他のパートに意識が向けられると、自分のやるべきことが疎かになってしまって…という経験はありませんか?個人練習やパート練習の時から他のパートとの関係を意識して取り組んでいれば、合奏の際自然とそれらを感じながら演奏できるでしょう(私は「他のパートを聴いて」ではなく、「感じて」と言うことが多いです)。
コンクールの審査講評で「アンテナを張って」と書かれるケースがありますが、本番で突然「アンテナ張る」ことはなかなか難しいことです。日頃から他のパートとの関わり方を意識して練習してこそ、普段とは環境の違う会場での演奏でも「アンテナを張る」ことができると考えます。


●あなたが演奏している楽器にはない指示が他の楽器に出されていることがあります。例えばあなたがクラリネットを演奏しているとしましょう。同じ旋律を演奏するトランペットに「con sordino」という指示があります。それが何であるかを理解していれば自分がどのような音色で演奏したらよいかを考えることができます。実際にトランペットの人にその音を聴かせてもらうことで、コミュニケーションをとることもできます。打楽器パートにも独特の指示がある場合もありますし、コントラバスにも…。というように、自分の演奏をより深いものにするための、作品を自分のものにするためのヒントが他のパートの中に隠れている、ということはよくあります。


●冒頭で、音源に頼りすぎることには注意が必要だということをお話ししましたが、要は使い方です。皆さんは、現在取り組んでいる作品の音源を聴く際自分のパート譜を見ながら、ということが多いのではないでしょうか?それはそれで意味あることです。参考にすべき点も多く見つけることができるかもしれません。時にはスコアを、他のパートやセクションに焦点をあてて聴いてみることも、作品の全貌を掴む上ではありかもしれません。人間の耳というのは、自分に関心のある部分に焦点をあてて聴くものです。敢えて他のパートやセクションに(意識して)焦点を絞って聴いてみることで、自分の練習、演奏のヒントが見つかるかもしれません。


さて、スコアをどのように活用するかについて、もう少し別の視点からお話ししましょう。これもある意味、個人(パート)練習や合奏練習の時間を有意義にするための「準備」のひとつと言えます。



[3] 間違いさがし

●今でこそ楽譜制作ソフトの普及により、スコアとパート譜はリンクして制作されていますので、近年出版されている作品ではスコアとパート譜との間で食い違いが見られることは(完全とは言えませんが)ありません。しかし、同じことをやっているパートとの間に違いが見られることが時々あります(アクセントやスタッカートなどの記号の有無、スラーの架かり方、強弱記号の違いなど)。それが単純なミスなのか、作曲家(あるいは編曲家)の意図なのかを最終的に判断するのは指揮者の役目とはなりますが、これらひとつひとつを合奏練習の中で修正していくのは時間の無駄でしかありません。尤も、こうしたことは指揮者が事前にしておくものですが、時として指揮者が奏者に意見を求めることがありますので、スコアに目を通しておけば、自分に書かれていることとは違う指示が出されても(他のパートに書かれている指示が優先されても)対応しやすくなると思います。またそうしたことを想定した練習も可能となるはずです。


●少し古い作品(とは言っても、吹奏楽の場合はほぼ20世紀以降のものですが)になると、スコアとパート譜ではまるっきり書かれている記号が違うことがよくあります。スーザの行進曲でも古い出版譜ではアクセント記号がスコア(コンデンスドスコア)とパート譜で違っていたりすることがよくあります(その理由、原因をここで詳しくはお話ししませんが、いくつか考えられます)。これは奏者がスコアを見ておくこと以上に、指揮者(先生)が事前にパート譜をチェックしておくことが大切だと思います(作品、楽譜の新しさや古さを問わず必要な作業かもしれません)。
余談ですが、プロのオーケストラの場合は指揮者が事前に演奏上の指示を楽団に伝え、ライブラリアンがそれをパート譜に書き込むなどの準備をし、練習に臨むということがよくあります。指揮者によっては(書き込みをした)自分のパート譜を持ち込んで演奏する、ということもあります(パート譜がレンタルである場合はなかなか難しいですが…。有名な作品、パブリックドメインとなっている作品でもパート譜がレンタル、ということが多々ありますので)。


●「間違いさがし」とこの項の最初に書いていますが、表現をするにおいては何が正しいか、何が間違っているか、との議論は必要ありません。あくまでも、「違いがないか探ってみよう」という気持ちでスコアを見ていただきたいと思います。


[4] スコアにしか書かれていない情報がある

●こういうことも稀にあります。スコアにはメトロノームの数値によるテンポの指示が書かれているものの、パート譜には一切数値が示されていない(例えば「Allegro」としか書かれていない)というものです。これも比較的古い作品の方ですが。
スコアに示されている数値通りにテンポ設定することが必ずしもいい演奏になるとは言えないのですが、指揮者はそれをベースに演奏設計をしますので、事前に知っておけば練習の際の「目安」にはなりますよね。


●スコアには、作品の解説や作曲者についての情報が書かれていることが多いです。それは作曲家自身の言葉で書かれていたり、出版社の方で書いていたりと様々です。また、演奏上の留意点などが書かれているものも多くあります。そうした情報、今では出版社のサイトなどにも出ていたたりしますので、スコアでなくても調べることは可能でしょう。しかし、サイトの情報は非常に限られています(個人的な印象ではありますが)。出版社以外の(例えば個人が運営している)サイトやブログなどに多くの情報が出ている作品もありますが、中には正確性に欠くものがあることも考えられます。
まずは、スコアに書かれている作品や作曲者についての情報は、演奏(練習)に取り組む前にぜひ共有しておきたいものです。そこから幅を拡げるために各種サイトの情報を上手に使いたいです。
また、海外の作品であれば、そうした情報は英語などで書かれていますので、それを自分で訳してみること。学生さんであれば、英語の勉強も兼ねることができるかもしれませんよね。
(数年前、ピンチヒッターで福岡県のとある高校の吹奏楽部を指揮することになった時、生徒さんが演奏曲のスコアとともに、自分たちで訳した解説文を準備してくれてたことには感激しました)。


[5] まずは理論や理屈抜きにスコアを見てみよう

●ここまで、私の経験をベースに演奏者がどのようにスコアを活用したらいいかを書いてきました。
お気づきかもしれませんが、理論的なことは何一つ書いていません。
スコアに限らず楽譜を読むにはそれなりの理論は身につけておかねばなりませんが、理論は実践あってこそ身につくもの、理論は実践によって活かされる(時には変化していく)ものだと私は思っています。
スコアを手に実践していくことで、音楽的な視野はきっと広がっていきます。
スコアを手にすることで、さらに深い、理論的なことにまで皆さんの興味、関心が向けられていくことに期待しています。
今後、そうした理論的な内容について触れる機会があればまた書いていこうと思います。


[6] せめて楽譜セットにスコアを1冊プラスして購入したい

●スコアは指揮者だけが持つものではありません。近年は学校現場での練習時間も限られており、合奏練習も十分にできないという方もおられるでしょう。限られた時間を有効に使うためにも、スコアを十分に活用したいものです。ですから、演奏曲が決まれば、楽譜セットを購入する際にスコアをせめて1冊は追加で購入していただき、演奏者の皆さんで共有していただくといいでしょう。指揮者(先生)が都度指示や考え方などを書き込んでいき、奏者(生徒さん)たちがいつでもそれを確認できる状態にしておけばいいのです(予算が許すなら、セクションあるいはパートに1冊あればいいですよね)。


●吹奏楽の楽譜はセット販売が基本で、オーケストラのポケットスコアやスタディスコアのように手軽に購入できるものではありませんでした(これは日本国内に限ったことかもしれません)。例えば演奏曲を選ぶにあたり、「スコアを参考にしたいけどなかなか手に入らない」と思われる方は多かったと思います。音源を聴いてみて「いいな!」と思い楽譜(セット)を購入してはみたものの、結局は使わず仕舞い、という経験を持つ方も多いのではないでしょうか?選曲に際しては、ぜひ音源だけでなくスコアも見ておきたいものです。もっとも、「やるかどうかもわからない曲のスコアだけ買っても…」という方もいらっしゃるかもしれませんが、いやいや、持っていればいつか役に立つこともあります。


●海外の作品であれば出版社がスコアやパート譜の別売りを普通に行なっています(日本国内でもようやくそうした流れができつつあります)。中には指揮者用の大判スコアとスタディスコアを販売している出版社もありますが、作品によっては数千円するもの、1万円を超えるものもあります。なかなか「あと1冊」というわけにはいかないかもしれません。オーケストラのスコアほどの需要が見込めないことに加え、吹奏楽の作品(特にオリジナル)の場合は著作権の保護期間内の作品が多いので、出版社は作曲家に印税を払わねばなりません。著作権管理団体に使用料(出版するための)を納める必要もあります(この点は国内、国外を問いません)。が、何より、吹奏楽のスコアは段数が必要ですので、見やすさを考慮するとオーケストラのポケットスコアのようなサイズにするわけにはいきません。ですから、どうしてもオーケストラのスコアよりは値が張ってしまうのです(だからと言って、「借りてコピー」は厳禁!)。


●近年は国内の業者さんでもスコアを単体で販売しています。個人で海外から取り寄せることを考えると(特に送料がネックになりますよね)、様々な出版社のスコアを一度に購入できるという点はありがたいです。私が日頃お世話になっている『WBP Plus !』様でも、厳選された海外の名曲、意欲作のスコアが単体で販売されていますので、この機会に利用されてみてはいかがでしょうか。また、私の作品を出版してくださっている『ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ』様は、楽譜のセット販売や指揮者用の大判スコアの販売だけではなく、A4版のスタディスコアを安価で販売されていますので、ぜひ活用していただきたいです。


私自身、仕事上の必要から(好き嫌いを問わず)スコアを購入することがありますし、音楽的な興味、関心からスコアを購入することも当然あります。知らなかった曲、知っていた曲様々ありますが、楽譜を見る(敢えて「読む」とは言いません)ことで、いろいろな風景が浮かび上がってきます。理論や理屈抜きにスコアを楽しむこともできると思います。私も時々そうした楽しみ方をしていますので、少しご紹介しましょう。



[7] 譜面(ふづら)そのものを楽しむ

●出版されている多くの楽譜は、作曲家や編曲家が書いた原稿を基に浄書→製版→印刷という過程で作られています。近年は楽譜制作ソフトの普及もあって、見た目とても綺麗な楽譜も多くなってきました(作曲家や編曲家の皆さんも多くが制作ソフトのお世話になっていると思います)が、それでも同じような譜面(ふづら)になることはありません。そこには出版社(あるいは作・編曲家)のこだわりというものがありますが、それ以前に、「これだけのものを作曲家が全部書いたの?」という驚きと感動が!これはパート譜だけを見ただけでは味わえるものではないと思っています。作・編曲家がどのような思いで楽譜を書いたのか、楽譜を制作した方々のご苦労を想像してみると、楽譜、あるいは作品への向き合い方も変わるかもしれません。


●(吹奏楽に限らず)出版されているスコアの中には、作・編曲家の自筆の原稿をそのままプリントしているものもあります。私が初めて購入した吹奏楽のスコアは、保科洋氏の『古祀』でした。もう40年ほど前(高校生でした)のことですが、これは保科氏の手稿をそのままプリントしたものでした。丁寧に書かれたそのスコアに「どのような思いで書いたのだろう」と想像するのが楽しかったことを今でも覚えています。後年、あるアメリカの指揮者の方に自作のスコアを見ていただいた折、「保科さんのスコアを勉強するといいね」と言われたこともあり、今でも大切にしています。その指揮者の方は、V.パーシケッティにも言及されていましたので、私はパーシケッティの管弦楽や吹奏楽のスコアをいくつか手に入れたのですが、これらもほとんどが自筆譜をプリントしたものでした。当然、保科氏とは筆致も異なり、それだけでも楽しいものです。
主にパブリックドメインになった作品を集めたデジタルライブラリー『IMSLP』では、有名な作品の自筆譜も多く集めてあり、その中にはホルストの『第二組曲』やスーザの『星条旗よ永遠なれ』などもありますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。一般に流通している印刷譜とは一味違った風景が見えるかもしれません。


●出版社(あるいは作・編曲家)には楽譜を制作する上でのこだわりがある、とお話ししました。例えば、アメリカのBarnhouse社のスコア(パート譜もですが)、音符の玉が他社に比べて大きく書かれています(そのように感じます)。また小節線の太さと音符の桁の太さの違いもはっきりしているので(他社も確かに違いはありますが)、個人的にはとても見やすいと感じています(アメリカの吹奏楽事情に詳しい方ならご存知でしょうが、こうした出版社が出す楽譜の多くは「教材」ですから、そうした観点からの配慮があるのだろうと推察しています)。記号等の付け方などにも出版社の個性が表れていると思いますので、そうした違いを探ることも楽しみのひとつです。また、出版社によっては、ページいっぱいに楽譜を印刷しているところもありますし、ページの左右上下に適度な「余白」を残して印刷しているところもあります(作品の組段にかなり影響はされるのですが)。「余白」という点では、音符と音符の間隔や五線の間隔にまで十分気を配っているなぁ、逆に、音符を詰め込んでいるなぁ、と思えるスコアもあります。ぜひ、いろいろな出版社のスコア(吹奏楽に限らず)に目を通してみてください。


[8] 作曲家の書き方やクセが分かると面白い

●作曲家の楽譜の書き方にも当然こだわりがあります。これを探ることでもしかすると作曲家の頭の中にあるものや内面までもが見えてくるかもしれません。とはいえ、私自身がそうした領域にまで足を踏み入れているとは決して言えないのですが…。


●例えば吹奏楽コンクールの課題曲、毎年5曲が発表されフルスコア集も販売されています。曲の性格やスタイルの違いもありますので単純には比較できないのですが、見てみましょう。細かく記号を付したり指示をしている作曲家もいれば、それほど付していない作曲家もいるように思いませんか?マーチのベースラインの刻みを丁寧に8分音符(と八分休符)で書いている方もいれば、4分音符で書いている方もいる。ホルンやトロンボーンの刻みにひとつひとつスタッカートを書いている方、書いていない方。皆さんならどう読み取りますか?


●強弱記号の使い方も人それぞれ。ppppからffffまで幅広く書く方もいれば、せいぜいppからffの範囲で書く人(私はこのタイプかも…)。繰り返しますが、曲の性格やスタイル(「時代」もあるでしょう)により記号の使い方は当然変わってきますので単純に比較できません。ただ、そうした記号の使い方ひとつとっても、作者の考え方は読み取れるかもしれません。細かく指示を書くことで自分の思いを伝えようとしているかもしれない。あまり細かく指示をしないことで演奏者に解釈の幅を与えようとしてくれているのかもしれない。そう考えると、スコアへの向き合い方、作品への向き合い方の幅が広がるような気がします。


●ある作品のスコアを見た(読んだ)とき、私は「この作曲家の他の作品はどうだろう」とよく思います。もし、あなたが今取り組んでいる曲の作曲家の別の作品が出版されているのなら、それが吹奏楽編成であろうが、アンサンブルであろうが手にしてみるといいかもしれません(全てを、とは言いません)。今取り組んでいる作品が、作曲家の古い作品なのか最新作なのかが分かっていれば、そうした視点で楽譜を見れば、作曲された年代により作風や楽譜の書き方が変化しているかもしれない、ということにも気づくかもしれません。それが編成によっても全く違う、ということもあるかもしれません。そうした気づきが今の取り組みにフィードバックされるといいな、と思います。


●私もそれなりに吹奏楽やオーケストラ、室内楽のスコアを所有していますが、それらが好みの作曲家や作品、ちょっと気になる作品ばかり、というわけではありません。自分の肌に合わないと思い込んでいた作曲家や作品であっても、スコアに向き合ったことで「これまで知ろうとせずもったいなかったな」と思ったことは一度や二度ではありません。
「やるかどうかもわからない曲のスコアだけ買っても…」
取り組もうとしている曲は必ずしもあなたの好みのものではないかもしれません。
しかし、一度手にすることで、眺めてみるだけでもあなたの音楽的な視野はきっと広がると思います。
そこで、再度、私の経験をベースにもう少し踏み込んだお話をしたいと思います。
スコアリーディングをするための準備、というつもりでお付き合いいただけましたら。



[9] 「しくみ」が分かると面白い

●この文章を読んでいらっしゃる方のほとんどは、実際にご自分でも楽器を演奏されている、あるいはされていたのではないかと思います。
例えば、演奏にあたって、「感情を込めて」と言われた経験を持つ方は多いと思います。が、「それではどのように…?」と思われたことはありませんか? 私も何度も経験しました。指揮者が伝えてくれるイメージを十分にできないまま演奏に臨み消化不良のまま演奏を…。「何が足りないのか(足りなかったのか)…?」
今、これはハッキリと言えます。「曲のしくみ」を十分理解できていなかったということです。


●これまでの経験から、演奏のためには二つのことが必要だと私は思っています。
それは、「曲のしくみ」の理解と、「感情」。言い換えるなら、「理知的なアプローチ」と「感情面からのアプローチ」が必要だということです。そして、そのバランスの取り方が「個性」だとも思っています。さらに言うと、「しくみ」を理解することなく「感情面からのアプローチ」はできない。
ここには、「プロだからこうする」「アマチュアだからこうしよう」などの線引きはありません。


●「しくみ」は楽譜、スコアに表すことができますが、「感情」は楽譜として表すことが難しいです。得てして私たちは、ある作品を最初に聴いた時の衝撃やイメージを持ち込んでしまいがちです。それは決して悪いわけではありませんが、それにとらわれすぎては「独自性」は出せないと考えます。私が聴衆であれば、どこかで聴いたものと同じものは聴きたくありません。違いがあって当たり前だと思っています。「感情」や「イメージ」が先行した演奏は作曲者自身の想いや考えを歪めてしまうこと、「しくみ」が台無しになってしまうことがあります。演奏者には、作曲者のメッセージを読み取り聴衆に伝えることを第一に考えてほしい。そのためには、まずスコアから「しくみ」を理解してほしい、と私は思っていますし、経験上、「こうでなければならない」と決めてかからない方がいいのではないかと思っています。


●「しくみ」はほぼスコアを読むことでつかむことができます。
そもそも「しくみ」って何でしょう?
端的に言って作品の成り立ちや構造ということになります。


●皆さんは楽譜を見る(読む)とき、どこに目を向けますか?
拍子、テンポ、強弱、アーティキュレーション、調性、リズムなどにはすぐ目がいくでしょう。これらはもちろん「しくみ」をつかむ上で、演奏する上で大切な要素です。作品全体の中でこれらがどのように変化しているでしょうか? 加えて、動機(モティーフ)や旋律はどのようなかたちで、どうのように変化しているか、どこのパートが旋律なのか伴奏なのか、どのような和声で、それがどう変化しているのか、どのような音色(楽器の組み合わせ)で、それはどう変化していくのか、など様々な方向に目がいくことと思います。
それだけでも十分「しくみ」がつかめそうですね。


●例えば、(拙作で恐縮ですが)『メモリアル・マーチ「ニケの微笑み」』(ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ刊)で、私はこのようなことをしています。
調性も拍子も違うのですが旋律に対する木管群の動き、どのように見えますか?


Bからの動き


Nからの動き

1999年度の課題曲に採用していただいた『行進曲「エンブレムズ」』、当時は指摘される方はほとんどいませんでしたが、第一マーチとトリオの旋律は実は同じ動機なのです。


第一マーチ


トリオ
(装飾音を除き)旋律を構成する音の音程関係を見ればよくわかると思います。
第一マーチの音をトリオのリズム型で(またはその逆パターンで)演奏してみるとどうでしょう?

どちらの例も、一聴しただけではとらえにくい「しくみ」(「仕掛け」と言った方がいいかもしれませんね)かもしれませんが、スコアに目を通すことでつかむことができるでしょうし、「しくみ」がわかれば、演奏の幅、聴き方の幅が広がかもしれません。


●では、「しくみ」をつかむためには何が必要でしょうか?
基本的な「楽典」については言うに及ばず、「和音」や「和声」、「対位法」、「楽器法」などについての知識も必要になってきますし、「様式」や「形式」、「作曲技法」などについても知っておきたいものです。そして、こうしたものは長い歴史の中で体系づけられてきたものですので、「音楽史」に触れておくことも大切です。ただ、こうしたものを全て身につけてからでないと「しくみ」を理解できないのではないか、と思う必要はありません。私はスコアを見て分からないことがあれば、理論書などを、言わば「辞書的」に捲る、ということを繰り返してきました(今でもですが)。そうすることで得た知識は、その後別の作品に向き合う際必ず役立ちますし、作曲や編曲をする際にも役立っています。
また、(特に指揮台に立つ方であれば)こうした音楽の理論や知識だけではなく「想像力」も「しくみ」を理解する上では求められるかもしれません。理論的な言葉よりも身近な事象や文学、人生経験などに置き換える方がはるかに伝わる、ということもありますので(この点はかなり重要かもしれません。私自身決定的に欠けていると思っている点です…)。


●さて、スコアに向き合ったことで、その作品に対する考え方に変化があった、あるいは、朧げだった「イメージ」に確信を持ったという経験について2つお話ししましょう。

まず、J.バーンズ『第三交響曲』
人気のある作品であり、私もいくつかの録音を聴いてきました。しかし、決して好きな作品というわけではありません。心にスッと入ってくるものでもありませんでした。曲の背景や作曲動機(これについてもよく知られていると思うので詳しくは触れません)から、聴く側としても「感情面からアプローチ」が優位になってしまいます。「しくみ」という視点からこの作品に向き合っていませんでした。「多分こうではないか…」という程度の「イメージ」です。
数年前、あるプロの楽団の演奏会に足を運んだ時、この『第三交響曲』がメインに据えられていました。せっかくプロの演奏を聴くのだから一度スコアに目を通してから臨もう、とフルスコアを購入。細かい分析をする余裕は時間的にありませんでしたが、第一楽章と終楽章(第四楽章)に頻繁に現れる(高低の変化がない)リズム音型、これを耳だけで認識するだけでなく、目で(印刷された)音符で確認したことで、私は朧げながらも描いていたイメージを確かなものとすることができたのです(あくまでも自分の中で)。


(曲の冒頭、ティンパニー)

   
(第一楽章で現れるリズム音型)


(第四楽章で現れるリズム音型)

つまり、こういうことです。
「作曲者は、この作品で『人間(2拍子、4拍子)と神(3拍子、3連符)の対立と和解』を、この音型を用いることで描いている(のではないか)」

「3」という数字はキリスト教では聖なるもの、4(2で割れる数字)は世俗です。音楽史的に見れば、「3拍子=完全」、「2拍子=不完全」です。
バーンズはこれらの音型を「神」に見立て、第一楽章ではその非情さを描いているのだ、というのが私なりの「イメージ」です。
そして、バーンズは第四楽章でリズム音型を

このように書いていません(余程の意図がない限り、作曲家はこちらの書き方をするでしょう)。第一楽章で用いた音型で書くことに意味があったのだろうと私は考えました。
スコアに目を通したこと、そして「しくみ」のひとつを自分なりに理解したことで、『第三交響曲』は私の中にスッと入ってくるようになりました。好きになった、というわけではありませんが、どこか作曲者の心情がわかるような気がしました。そして、耳からの情報だけでなく、目から入ってくる情報がいかに作品の捉え方、感じ方に影響を与えるか、ということを思い知らされたような気がしています。私自身この作品を演奏したことはないのですが、今後演奏に関わるような機会があればこの経験を活かしたいと思いますし、また新たなイメージが湧きあがるのではないか、とも思っています。


もうひとつ、こちらもよく知られた作品です。
R.ジェイガー『シンフォニア・ノビリッシマ』
中学一年生の時(約40年前)に一度演奏しているのですが、「難しかった」という印象しか残っていませんでした。しかし、演奏したことをきっかけに様々な演奏(録音)に触れる機会も多くなりました。同じ曲でも様々な演奏があるのは当然なのですが(作曲者本人が指揮した東京佼成ウィンドオーケストラのライブ盤で、中間部があまりにもゆったりしていたのには驚きました)、共通した「ある箇所」の演奏がしっくりこないのです(生意気にも…)。
それは、低音楽器から始まる「第二主題」(スコア上、リハーサルマークDから)。

この主題は5小節ごとにフーガのように積み重ねられていきますが、どうも混沌としていく…。もちろん聴く側の問題もあったと思います(私はトロンボーンを演奏していましたので、どうしてもトロンボーンの演奏に耳が奪われてしまいます)。随分と時間が経ち(いくらかの音楽経験を積んだ後)この作品のスコアを手にする機会を得まして、件の箇所に目を落としました。そして黙唱してみました。
スコアは新たな閃きを与えてくれるものです。
「この、音域の狭い(長調でも短調でもない)主題は、グレゴリオ聖歌のような趣なのではないか?」
もともと、「この作品のタイトルがなぜイタリア語でつけられているのか?」ということも気になっていましたが、その理由もわかるような気がしてきました。

であるならこの主題、テヌートは付されているものの、多くの録音で聴かれるよりももっとレガートで演奏してもいいのではないか、と感じるようになったのです。
この作品を指揮する機会が、大分県警音楽隊在職中におとずれました。私はこの考え(アイディア)を演奏に反映させようと試みましたが、奏者たち(特に私と同じ世代の)は随分苦労したようです(染み付いたイメージがありますので)。演奏そのものが上手くいったかどうかは正直わかりませんが、ある客演奏者の言葉が私に自信を与えてくれました。
その方は大学時代に故フレデリック・フェネル氏の指揮でこの作品を演奏した経験があるとのこと。「フェネルさんも同じことを言ってましたよ!あそこの低音はレガートで、と」。
フェネル氏がどのような意図で、「読み」でそう指示されたのかはわかりません。私の考えが正しかったのだ、とも思っていません(そもそも演奏、表現において「何が正しいか」など規定できるものではないのですから)。むしろ、これをきっかけに、これまで聴いてきた数々の演奏(録音)はどのような「読み」でなされているのだろうか、とより深く掘り下げて聴くことができるようになったのではないかと思っています。
スコアに目を通してからわかったことですが、この作品の中間部、最初に現れるクラリネットの旋律には3小節目にsubito pが出てきます(楽譜にはs Pと書かれています)。

多くの演奏(録音)ではその効果がほとんど認められません(その前にあるクレッシェンドも含め)。私が聴いてきた中では作曲者自身の指揮による演奏のみです。が、上述の通り非常にゆったりとしており、自身が付したAndanteという指示さえ全く無視していると言ってもいい。作曲者はこのsubito pの効果を出さんがためあえて緩やかなテンポを設定したのでしょうか?心情の変化があったのでしょうか?この部分、私は試行錯誤しました。
ただ、様々な可能性があるということがわかり、悩むということはありませんでした。


というように、スコアに少し目を通すだけでも、これまで親しんだ作品、身近な作品でさえ新たな発見があるかもしれません。少し距離を置いていた作品でも、スコアを手に聴くことで新たな「感情」、「イメージ」が湧いてくるかもしれません。手持ちの知識が多ければ多いほどその幅は広がることでしょう。


おわりに

●チェロ奏者のゲルハルト・マンテル氏はその著書『楽譜を読むチカラ』(音楽之友社刊)で、

「多くの演奏者が成長できないのは、自分の演奏をいつも感情的に聴いて感情に影響されているから(中略)演奏はとにかく冷静に客観的に観察されなくてはならない」
「演奏というのは音楽のしくみを聴こえるようにすること、作曲者はどうしてこのように書いたのかを示すこと」
「広い意味での音楽のしくみを演奏することで、曲に含まれている感情を聴者に引き起こさせなくてはならない」

と、「しくみ」を知って演奏することの大切さを述べています。
また、楽譜の意味を問いかけることが大切であり、「どうして?」「なぜ?」という問いが、私たちの想像力に影響を与えるとも述べています。

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●スコアを読む、「しくみ」をつかむためにはいくらかの準備は必要です。が、一度で全てをつかもうとする必要はないと思います(既述の通り)。まずは、いくつかの要素に絞って目を通すことから始めてみませんか?「今日はこれとこれ、次はこれとこれ」というふうに。それを繰り返すことで、バラバラのように思えた様々な要素が深く関わり合っていることがわかってくるはずです。そして、目を通す度に新たな風景が見えてくるはず。「そうだったのか」と思える瞬間が必ずおとずれるはず。

●そして、「しくみ」のしっかりした(あるいは「仕掛け」の豊富な)作品というものも見分けられるようになるかもしれません。そのような作品に出会えれば、演奏も練習もさらに充実するように思います。

●さあ、スコアを手にしましょう。目を通してみましょう。「どうして?」「なぜ?」と問いかけてみましょう。「そうだったのか」という瞬間の喜びを味わいましょう。

今後も、「どのように楽譜、スコアを読むか」、あるいは理論的なことなどについてさらにお話しできる機会を持つことができれば、と考えておりますし、「私はこんなふうにスコアを活用していますよ、楽しんでいますよ」といた声を聞かせていただけますと嬉しく思います。

長文乱文にお付き合いいただきありがとうございました。



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オネゲルとカザルス


(2022年3月2日)

カザルスが同時代の作曲家オネゲルについて「これぞ音楽の理想と言えるものに忠実だ」といった発言をしている。「因習に囚われすぎず、かといって現代音楽の毒に冒されすぎてもいない」というのがカザルスのオネゲル評だ。
(チェロ奏者でカザルスの弟子でもあったジュリアン・ロイド=ウェッバーが編纂したカザルスの言葉をまとめた文庫本に出ていた。残念なながらその本が今手元にないので、私は記憶で書いている。若干表現が異なるかもしれない。)


カザルスとオネゲルの関係をネット上で探ってみたが、カザルスがチェロ奏者としてオネゲル作品と向き合った記録は見つけることができなかった。

指揮者カザルスは故郷カタロニアでパウ・カザルス管弦楽団を組織し活動していた時期にオネゲル作品を取り上げたことがあるようだ。おそらく1920年代から彼が(スペイン内戦のため)フランスへ亡命するまでの間のことだろう。

ともにパリの「エコール・ノルマル」で教鞭をとったことがあるため、関係は深からずとも決して浅くはなかったに違いない。

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具体的にカザルスがオネゲルのどの作品を指揮したのか、どのような作品について「これぞ音楽の理想と言えるもの」と語ったのかまではまだ調べ尽くしていないのだが、上述の期間から考えるに、初期の作品ということになろう。

ニガモンの歌(1917年)
交響詩『夏の牧歌』(1920年)
交響的黙劇『勝利のオラース』(1920年)
喜びの歌(1923年)
『テンペスト』のための前奏曲(1923年)
交響的運動第1番『パシフィック231』(1923年)
ピアノ小協奏曲(1924年)
交響的運動第2番『ラグビー』(1928年)
チェロ協奏曲(1929年)
交響曲第1番(1930年)
交響的運動第3番(1933年)

と、管弦楽作品ならこんなところか…
(チェロ協奏曲を演奏しなかったのだろうか、なんて思ってしまう…)

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カザルスは同時代の音楽には目も暮れなかったと言われているが、上述のように同時代のオネゲル(カザルスより16歳下)を評価しているし、他にも数人の作曲家の名前を挙げている。しかし、今日ではそのほとんどが見向きもされていない状況にあるのが何とも…


さて、私は学生時代にオネゲルについて調べたり考えたりすることが多かった(研究した、と言い切ることができないのが情けない…)。ひとつ言えることは、オネゲルの音楽に出会ってなければ、創作に対する考え方は違っていたかもしれない、ということ。

だからと言って、私の作品の中に「オネゲルっぽいもの」を探しても無駄だ。
私はオネゲルではないので、「オネゲルっぽいもの」を創ったって意味はない。

加えて言うと、よく「誰々(の○○という作品)に影響を受けて」とか「誰々(の○○という作品)へのオマージュとして」と謳う作品を見聴きするのだが、私にはそれはできない。

とは言え、「オネゲルっぽいもの」を創ろうと試みたことはある。「典礼風交響曲(交響曲第3番)」の第二楽章のようなものを…


構築、主題(動機)の操作といったところが彼の音楽の肝だと思っている。バッハやベートーヴェンからも多くを得ているオネゲルだが、当然、バッハやベートーヴェンの音楽をただなぞるようなことはしていない。

カザルスの言う「因習に囚われすぎていない」と思わせることは、例えば、交響曲第4番「バーゼルの喜び」(カザルスが語ったと思われる初期の作品ではないのだが)にも見ることができる。

第一楽章は序奏付きのソナタ楽章と見る向きは多いが、私は、序奏とされる部分が「提示部」であり、ソナタの開始がすでに大きな「展開部」の開始であると解釈している。そこには、オネゲルの「なぜ、ソナタは主題が二つしかないとされるのですか?」という発言が根底にある。第二楽章はパッサカリアのようでありながら低音主題が分割されたり消えたり、第三楽章におけるポリフォニックな処理…。
オネゲル自身、「要素の点で進歩があり、〜」と述べているほどだ(著書『私は作曲家である』より)。
今日演奏される機会は稀だが、今にして思うと、私は随分影響を受けているかもしれない。

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カザルスの言った「現代音楽の毒に冒されすぎてもいない」と思わされる点は、例えば(こちらも初期の作品ではないが)晩年の交響曲第5番「三つのレ」の第二楽章に見ることができる。そこでは冒頭から主題の原形の提示→逆行+反行形→反行形→逆行形と、まるで新ウィーン楽派の「音列」による作曲法のような主題操作。しかしその音列は「十二音」ではない。「旋律性」を重視していたオネゲルにしてみれば、「無調」音楽を否定しないまでも、時代的に(作曲されたのは1950年)この技法を敢えて取り入れることで何らかのメッセージを残そうとしたのではないかと思ってみたり…
(著書(先掲)には、「十二音技法」に対する厳しい意見が述べられている。)

そう思うと、ここからの影響も随分受けているなぁ、と…

しかし、もう一度言う。私の作品の中に「オネゲルっぽいもの」を探しても無駄だ。

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シャコンヌ 〜唱歌「砂山」による(クラリネットとピアノのための)

この作品が「Rocky Mountain音楽コンクール」(カナダ/オンライン)で作曲部門(上級/プロフェッショナル)で「第3位」、そして「聴衆賞」を獲得しました。

「聴衆賞」は、作曲部門にエントリーした13名(年齢や、一般、上級/プロフェッショナルなどの区別なく)の作品の中からノルウェーの方、アメリカの方お二人と賞を分け合う結果となりました。

「聴衆賞」というのは意味ある受賞です。

専門家による評価ももちろん大切なのですが、専門家の評価が聴衆の評価とイコールになるとは限りません。私は特定の専門家だけのために創作しているわけではありません。

ですから、一般の聴衆の方々(もちろん、そこには専門家の方や参加者の関係者もいらっしゃるでしょうが)に拙作を受けとめていただいたことは大変光栄です。
投票していただきました皆さま、ありがとうございました。

それこそ私は「因習に囚われすぎず、かといって現代音楽の毒に冒されすぎてもいない」作品だと思っております。

音楽のリパーカッションを求めて: アルチュール・オネゲル〈交響曲第3番典礼風〉創作

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(Facebookへの投稿を一部加筆・修正の上転載しました。)



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音楽は強くもあり弱くもある(1)


(2022年2月25日)

ツイッターのあるフォロワーさんがこうお書きになっていました。

軍楽隊や行進曲というのは戦争と対のような関係であって、スーザ、アルフォード、タイケといった名作曲家達も避けて通らなかった道でもあるので、この時勢に戦争が起きたとしても、ブレることなく愛好していきたいと思う次第です。それだけの覚悟がないと、行進曲を愛でるのは難しいと思うのです。


私の創作活動の中で「行進曲」の作曲は今や特別な位置にあります。ただ、私は最初からそれを目指したわけではありません。むしろ避けようとしていた時期もあります。

思い返せば、私の「作曲家」デビューは「行進曲」でした。スーザの形式を模倣し、「ミリタリー・マーチ」と銘打ったものでした。その後、特別な機会に行進曲の作曲を依頼されることもあり、私の中で徐々に特別な位置を占めるようになってきました。

昨年イタリアの「国際行進曲作曲コンクール」での受賞後、「Wind Band Press」様のインタビューで私は、「吹奏楽といえば行進曲!と言うつもりはないが、行進曲には吹奏楽が一番合うと思う」といったことをお話ししました。私の創作活動の中心が吹奏楽であることから、私はこれからも行進曲を作る機会を持つことになると思います。


「行進曲」と聞くとそれだけで眉をひそめる方はまだまだいらっしゃるかもしれません。特に実際に戦争を経験された方など…。それはフォロワーさんもおっしゃるように、行進曲、吹奏楽(軍楽隊)が歴史的に見ても戦争と結びついていることに起因すると思います。

音楽というものは「強くもあり弱くもある」というのが私の思いです。

時に人々の心を固く結びつけるだけの強さを示してくれますが、権力者によって利用される、場合によっては違った意味を持たされる時もあります。

果たして、「行進曲」はどうだったでしょうか…?

現代においても様々な行進曲が生まれています。伝統的なスタイルや語法を踏襲したものもあれば、全く新たなスタイルを追求したようなものも…。
「規律」や「統率」といった目的からは離れた位置に立つ行進曲だって…。

きっと、これまでとは違った「強さと弱さ」を持った行進曲が今後も生まれてくるでしょう。

まだまだ行進曲は必要とされている…私はそう思っています。


世界がある場所の動向を注視している中、私の2つ行進曲を『Golden Hearts Publications』様が出版してくださいました。

もちろん、「戦争」や「規律」、「統率」といったものとは無縁です。見かけの派手さや力強さはないかもしれませんが、強い意志を持たせたつもりでいます。

コンサート・マーチ「シャイニング・ソウル2」

行進曲「ステップ・フォー・ステップ」

(Facebookへの投稿を一部加筆・修正の上転載しました。)



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「協創」 〜九州管楽合奏団ミュージカル・コンサート


(2021年11月30日)

昨今の風潮なのだろうか、音楽をはじめ舞台芸術に何か特別のメッセージを込めることが求められ、奏者や演者が「みなさんに感動や勇気、元気を届けられるように」と声高に叫ぶ姿に接することがよくある(スポーツでもよくあるかな…)。

受け取る側がその舞台に「何か」を感じることは普通だし、それが舞台芸術の一つの役割でもあるのは確か。だが、奏者・演者の役割は「感動や勇気、元気を届ける」ことが第一ではないと私は思っている。作品に込められたメッセージを伝えることこそが第一の役割なのでは?

作品には、「勇気や元気」与えることのできないような題材、背景を持つものだってあるのだ。奏者・演者が「感動や勇気、元気を届ける」ことばかりを声高に叫ぶようになれば、作品に込められたメッセージが二の次になってしまうのではないか、と私はよく思うのだ。


今回微力ながらお手伝いさせていただいた『九州管楽合奏団ミュージカルコンサート』(2021年11月28日/宗像ユリックス イベントホール)は、そうした私の危惧(と言っては大袈裟かな…)が全くの杞憂に終わるものだった。

それにしても豪勢だ。贅沢な舞台だ。

劇団四季で活躍されていた方々を中心に構成された歌手陣は圧巻、ダンサーも、加藤敬二さんのお眼鏡に叶っただけあり言葉も出ないほどの素晴らしさ。

吹奏楽のコンサートで、ここまで本格的に、「ミュージカル」に特化したコンサートは極めて稀ではないだろうか?

歌手の皆さんだって、ここまで大きな編成の楽団と共演することは稀であろう。総合プロデューサーの今川誠さんや振付の加藤敬二さんとお話しする時間があったのだが、今回の「共演」について並々ならぬ想いを語ってくださった。

極めて稀な「共演」、それには準備段階でいくつものハードルがあったことも確かだ。

(私自身も決して楽なハードルではなかったのが正直なところ。)


私はリハーサルの2日目から本番当日までの3日間立ち会った。とは言っても、本番以外はほぼ客席で出演される皆さんの動きを見ていただけなのだが(私のメインの仕事は10月までに終わっていたので)。

当初想定されていた構成からは随分と規模が大きくなったと聞いた。

「いいものを創りたい」という気持ちは誰でも同じだ。進めていくうちに想定を超えるものが出来上がっていく。やはりプロの現場だ。

歌手陣、楽団それぞれのやり方、流儀、しきたりのようなものもある。それをぶつけ合うため、ピリピリとしたムードも生まれるのだが、前日のゲネプロで突然同じ方向に音楽が進みだす。それは決して妥協し合ったからではないのだ。そう、終演後に指揮者の松尾共哲さんがおっしゃった「根っこは皆同じ」ということを出演者・スタッフ全員が感じていたからだろう。

協創」…ふと、こんな言葉が私の頭をよぎった。

出演者・スタッフの皆さんは手を取り合って新たな舞台を「創造」しているのだ。

そして、新たな舞台を「創造」するのは何も出演者・スタッフばかりではない。お客様も一緒に舞台を創るのだということを改めて感じた、お客様の存在が準備段階のいくつものハードルを超えさせてくれるのだということも(ゲネプロの際にお客様を感じていた出演者はきっと多かったと思う)。


井上智恵さんの圧倒的な存在感、背筋が伸びるほどの神々しさ。

宇都宮直高さんはパワフルな歌唱とそのカリスマ性で、舞台を仕切ってくれる。

熊本亜記さんの繊細さと意志の強さを併せ持った歌唱にはそのお人柄が反映されているかのよう(初めてお目にかかったのに、全くと言っていいほど初対面という感じがしなかった)。

ひのあらたさんは「円熟」という言葉だけでは表現しきれないほどの歌唱・演技。

増本藍さんの歌唱には心を抉られるような不思議な(と言っては失礼か)パワーが秘められている。

四宮吏桜さんにいたっては、これからの「ミュジーカル」界を背負っていくであろうと思わせる。

松井英理さんのダンスは圧巻のひとこと(というより、上に書いた通り、言葉が出ない)。

その他ステージを彩った若いシンガー・ダンサーたちの熱演にも拍手だ。

そして九州管楽合奏団、これまでとは違った一面を見せていただいたような気がしている(もちろんいい意味で)。

指揮をとった松尾共哲さん、彼がいてこそ今回の出演者・スタッフ全員がひとつになれたと思う。

今回のコンサート、「腹八分目」を少し超えたけれども、決して「満腹」にはならない。そこは総合プロデューサー今川誠さんの手腕だろう。「またいつか…」と思わせるところがにくい。


しかし、私が個人的に願うのは、このコンサートのお客様で今まで本格的なミュージカルやダンスをあまり観たことがない方々、あるいは九州管楽合奏団の演奏に接したことがなかった方々が、それぞれの公演等に足を運んでみようと思っていただけたら、ということ。そんなお客様が一人でも二人でもいらっしゃったのなら、今回のコンサートは大きな意味を持ったと思うし、もしかしたら今後、第二弾、第三弾…ということにもなるのかもしれない。

私自身、ミュージカルの素晴らしさに改めて気付かされた。

そして何よりも、吹奏楽に携わる者として、ミュージカル関係者に吹奏楽のことを、九州管楽合奏団のことを知ってもらえたことを嬉しく思っている。

こうした「出会い」は貴重だし、大切に育てていきたいものだ。

「出会い」ということで言えば、個人的にもいくつか。

もちろん「新しい出会い」はたくさんある。
歌手の皆さんやスタッフの皆さんとご一緒できたことは本当に得難い経験だった。
指揮者の松尾共哲さんとも「はじめまして」だった。

「お久しぶり」な「出会い」もある。

九州管楽合奏団には旧知の楽員さんが多数いる。一緒に仕事をしていた楽員さんも。これまでとは違った形で関わる機会をいただきとても幸せでした。客演奏者の中にも「お久しぶり」な方がいらして…。とても楽しかった。

「びっくり」な「出会い」もあった。

一曲だけオルガンが入る曲があったのだが、客演のオルガン奏者は、私が大学卒業後半年だけ中学校の先生をした時の生徒…当然彼女もびっくりしたようだが、いろいろと話ができて嬉しかった。

この歳になってさらに視野が広がったような気がするし、まだまだやれそうなことがあるな、と感じた3日間。

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(Facebookへの投稿を一部加筆・修正の上転載しました。)



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