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「楽譜」の話

近頃は、IMSLPのような、パブリックドメインになった楽譜を掲載?するサイトで、なかなか手にすることのできない楽譜をダウンロードできる。

初版本もあれば、自筆譜のファクシミリまで、という作品もあり、なかなか面白い。

しかし、それはそれで嬉しいことではあるのだが、できる限りちゃんと印刷された物を持っていたい、と思っている。作曲家だけではなく、その楽譜の製作に携わった人たちの想いまでも感じることができるかな、と思うからだ。

そう言えば、N響に客演したジャナンドレア・ノセダが、曲を指揮し終わり、スコアにキスする姿を見ることがあった(いずれもポケットスコアだったのが微笑ましかった)。

そのスコアがコピー譜だったら様にならなかっただろうな、と思う。もっとも、あの場でコピー譜を使うことなどあり得ないのだが。

簡単に手に入れることができる、ということは、先に書いたCD(「静かに時を待ってるCDたち」参照)と同じだが、簡単に手放してしまうことになる。扱いも正直雑になることだろう。

それは、やはり作曲家や作品に対して失礼なことだ。

何度か書いているのだが、私はモーツァルトと(一方的ではあるが)仲が良くない。

が、最近、中古ではあるが10数曲まとめて楽譜を手にする機会があった。それを機に、仕事の合間を見て読んでいる。作曲の様式という側面からではなく、「演奏様式」という観点で。楽譜を読むだけではなく、幾つかの研究書も合わせて。

自分でもどうしたことだろう、と思ってしまうが、共感する点を見つけ出そうしているのではない。なぜ仲良くできないのか、その理由を探ろうとしているようだ(まるで他人ごとのような言い方だが…)。

彼と対峙したところで、全く相手にされないのは分かっているが、それでもいい。

仲良くならなくても、何か役に立つことは出てくるさ…。

そう自分に言い聞かせている。

(2015年7月7日)

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Published in日々雑感