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カテゴリー: 仲間たちへ

卒業おめでとう

◯◯ ◯◯◯ さま

 正門です。ご無沙汰しております。お元気ですか?

 いよいよ高校卒業ですね! おめでとうございます!

 どのような3年間だったでしょうか? 勉強に部活に、と充実していたのでは、と推察。

 少しの間でしたが、◯◯さんをはじめ△△△高校吹奏楽部の皆さんの高校生活に関わることができたことを、今でも本当に誇らしく思っています。

 昨年4月の演奏会後は、音楽活動を少々休んでおりました(雑誌の記事を書いたりなどはしましたけど)が、昨年秋より、過去に書いた作品を出版してもらうプロジェクトのようなものが始まり、ここのところ音楽に向き合う日々が続いています。

 そういう日々の中、時には過去を振り返ってみることもいいものだ、と思うことしばしば…。

 やはり、学ぶことはあるし、その時には感じることのなかったものを感じたり。自分の未熟さをいまだに痛感…ということもあります。

 みんなと過ごした時間を振り返ることも勿論あります!

 「過去を忘れて前を見ろ」と仰る方もいます。私もそうした考え方を否定はしませんが、過去を忘れる、あるいは捨てるということは自分自身を否定することにはならないか、とも思っています。現在の「自分」は、過去の積み重ね。過去の自分があったからこそ今があるのです。

そして、過去から現在、未来の「自分」には多くの方々の想いが向けられているはず。

 私がみんなに伝えた(「教えた」とは言いたくない)ことは、過去に経験したり学んだことがベースになっています。

 音楽に限らず、私たちが学ぶことや受け取る情報というものは、発信された時点ですでに「過去」のものとなっている、と思っています。であるなら、私たちは常に過去を振り返っている、過去と向き合いながら生活していると言っても過言ではありません。

 つまり、過去と向き合えない人に未来はないということです。

 人生の(大袈裟かな…?)次のステップに足を踏み出し、これまでとは全く違った世界を肌で感じることも多くなるでしょう。様々な出会いる待っていることでしょう。これまでの経験は必ず活きるはずです(それが「いつ」なのかは、それぞれだと思います)。

 散々理屈っぽいことを書いておいて、最後に月並みなことしか書けない自分が情けないのですが、◯◯さんやみんなの活躍と健康を心から祈っています!

 みんなとまた会える日を楽しみにしています!

 改めて、

 ご卒業おめでとうございます!!

(2019年2月27日)

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3年生の皆さんへ

3年生の皆さん

 久しぶりに正門の長話になるかもしれませんが…

 お節介ながらも、今私にできることは、みんなの前に立つことではなく、みんなの背中を少し押すことかな、と思っています(その方が、加齢臭やたばこ臭さで迷惑をかけることもないでしょうから…)。

 おおよそ、音楽や文化というものは、人々の苦しみの中から生まれ育まれてきたものです。悩みや苦しみの中でこそ人間は知恵をはたらかせ、向上させることができると思っています(人生を語れるほどの生き方をしてきたわけではないので、話半分に聞いてもらって構いません)。

 皆さんはここまでの時間、たくさん悩み、もがき苦しんできたかもしれません。毎日接していたわけではありませんが、だからこそ感じるものがたくさんありました。立場上、どうしても踏み込めない領域というものも確かにありました。しかし、皆さんと時間を重ねていくうちに、「みんなは、一から十すべてを与えなくても、自ら掴むことができる。」と思うようになりました。皆さんは、自らが置かれた状況を直視し、それこそ知恵をはたらかせ歩んできたのですから(それに、「不屈の」精神力も!!)。

 今だに、不安や悩み、葛藤があるかもしれませんが、それは、皆さんが「成長」している、「向上心」を失っていない証しだと思います。悩むことで人としての「引き出し」は増え、それは必ず次に活かせます。逆に、引き出しが増えることによってさらに悩み、葛藤することもあります。成長すればするだけ、問題の解決には時間がかかるものなのです。しかし、その分皆さんの心から生み出される音楽は深いものになるはず…。

 何も「苦しみながら音楽をやれ!」と言っているわけではありません。

 どのような作品にも、(極端な言い方かもしれませんが)「人の生きざま」が映し出されているものです。皆さんも私もまだまだ「生きざま」を語れるような歳ではないのですが、例えば、暗い和音、悲しいメロディーに接した時、何かそのような経験を重ねていた方がより共感できると思いませんか?難しく考えることはない…。

 私が初めて皆さんと接した時に苦しんだことは、前任の□□先生の影響力の大きさです。前任者の影響が色濃く残る場所に(仕事とはいえ)入っていくことは、正直キツイ…。

(恐らく、音楽に限らずどのような世界にもあることでしょうが…。今にして思えば、私の方が皆さんに導いてもらったようです。)

 ただ、互いが互いの状況や心情を慮ることができれば(決して「妥協しあう」ということではない)、目指す方向は一緒だと思いますので…。

 皆さんと私は、その点で分かり合えるものが少しはあったのだろう、と勝手に思っています。言いたいこと、伝えたいこと分かりますか?

 皆さんが、私と過ごした時間を大切に思っていただいている(お世辞だと思うようにしてますが…)ようで、ありがたく思っていますし、私も、自分の音楽人生の中で(決して大袈裟でなく)大事な時間だったと思っています。だからこそのお願いをしたい。

 「正門の音楽を再現」などと考えないでほしい。もちろん、一緒に音楽してきた中で、感じたこと、得たもの、吸収したと思うものを少しでも活かしていただけるのなら、こんなに嬉しいことはありません。

 ひとりひとり想いは様々だとは思いますが、何度か言ってきたように、「音楽はその都度新しく生まれる」ものです。今だからこそ生まれうる皆さんの音楽がきっとあります。空間や雰囲気、ましてやお客様が違う中で、以前と同じことを再現しようと思っても、それで演奏する側が満足したところで、以前と同じように感じてもらえるとは限りません。

 大切なのは、今の皆さん自身を音楽で伝えることです。皆さんはそれをずっとやってきたのですから(少なくとも私はそう感じながら皆さん前に立っていました)!!

 やれないはずはないよ!!

(2018年7月25日)

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プレッシャー

◯◯ ◯◯◯ さま

 こんばんは! 暑い日が続きますが、いかがですか? 本番を数日後に控え、落ち着かない日々が続いているのではないかと察しています。 と思い、このところ、お節介かなとは思いつつも呟いていました。

 自分のことだけでなく、全体を見なければならない立場で(これは☆☆さんもだろうけど)無意識のうちに自分に過度のプレッシャーをかけているのではないかと思っています。しかし、(呟いた通り)みんないい音楽を作ろういう気持ちだけはひとつと思いますので、それを信じるのみです!!

 以前、「時には無理をしなければならないこともある」と言ったことはありますが、言うまでもなく、「この暑さを乗り越えて」、などと思わないように。

 体の不調は心に不調をもたらします。それは必ず音に現れる… その点だけは、仲間たちに気を配ってほしいな、と思います。

 いつまでも、みんなの一番のファンでいるつもりです。

(2018年7月24日)

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吹奏楽コンクールを前に

君たちはすでに「台本」の隅々まで理解し、内容を掴んでいるはず。しかし、「初めてその曲に出会った」というお客様が多いのでは…? 自分たちが分かっていることをお客様も分かっているとは限らない。だから、君たちが初めてその曲に出会った時の気持ちを一度思い出してみないか?

「お客様も知っている」ものに取り組む時、考えすぎて余計な調味料を加えてしまいがちだ、この時期になると。調味料はあくまでも「素材」を活かすためのものじゃないかな。

では、その「素材」とは何か…今一度考えてみよう。

「他と違うことをやらないと…」という気持ちは確かに分かる。しかし、今のメンバーでしか作れない(だからこそ作れる)音楽があるそれ自体がすでに君たちの「個性」。「他と違うこと…」と無用なプレッシャーを自分にかけることはない。

本番は練習の「再現」ではないしかし、練習の度合いははっきりと出るよ。音楽はその都度新しく生まれてくるもの…君たちはそう理解してくれていると思う。「練習の時の方が良かった」などと一度も私に思わせたことのない君たち、その点は心配していないよ。

(2018年7月17日)

この時期、どうしても指揮者に向けて音楽してしまいがち(もちろん、それが全て悪いわけではないが)。一生懸命になればなるほど視野が狭まってくるものだ。君たちが音楽を届ける先はどこかな?

本番と同じステージでリハーサルもできないまま演奏に臨むなんて、プロでもなかなかあるものではない。みんなは大層スゴいことをやっているのだよ!

君たちの持つ「ノリ」や「リズム感」といったものに「これはみんなには敵わないな、俺要らないじゃん」と思ったことは一度や二度どころではない。ジャンルは関係ない、君たちにしか出せない「ノリ」って何にでも活かせると思うよ。

個人的には、これからの数日間は、練習始め、個々の奏者の十分な準備が出来次第、まず通してみる方がいいのではないかと思う。今時点の実力が分かるのはその時だと思うから。何度も言ってきたけど、集中力、緊張感が一番高いのはその時だと感じているから。

確かに、合奏練習はこれまでの確認や、必要に応じて修正をしていく場ではあるけど、この時期、最初からそれを前提にして臨むことは、厳しい言い方かもしれないが、いつまでも望む音楽は生まれないような気がする。

合奏練習は、奏者と指揮者それぞれの思いをさらけ出し、検討し合う場である方がいい。確かにその場で学ぶことも多いだろうが、教えてもらう、修正してもらうことを待っていては君たちの良さは出ないよ。

だからこそ、合奏の最初の音出しからみんなが培ってきたこと、学んできたことを表現しなくてはならないと思う。それがないと、検討も修正もできないよ。

もちろん、練習の進め方は指揮者によって違うだろう。考え方もそれぞれ。でも、いい音楽を作ろう、聴いていただこう、という想いは変わらないはず。君たちだって、誰ひとりとして「いい音楽作れなくても…」なんて思っていないでしょ?

(2018年7月23日)

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「環境」は変化するものだ

「環境」は変化するものだ。もちろん、目まぐるしい変化に不安や戸惑いはあるだろうが、環境の変化があってこそ人は何かを掴めると思う。みんなは既にこの一年の大きな変化から何かを掴んだはず。

変化を恐れることはない!!

環境の変化は、次のステップに進む、そしてそこから新らしい何かを掴むチャンスをいただいた、ということ!!

みんなならできる!!

(2018年4月16日)

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定期演奏会、そして退任を前に 

十分な、求められているようなお手伝いができているかどうかは正直分からないのだが、少なくとも音楽を通して会話ができるようになったとは思う。みんなのお陰で私自身が多くを得たのは確かだ。ありがとう!!きっといい演奏会になると思う!!この歳になって改めて音楽の尊さを知ることになる…。

正直言って、今回ほど誰かの仕事を引き継ぐということに大きな重圧を感じたことはない。そして引き継ぐことの大変さも実感…。

しかし、こうした感情抜きに聴いてくださる方々に音楽を感じていただくのが私たちの使命!会場に色豊かな虹を架けようではないか!!

(2018年4月8日)

以前にも呟いたかもしれないが、本当の実力は練習始めに現れるのではないかと思っている。

但し、指揮者が「こんなものではないはず…」と思った時は、みんなの力を引き出せていない己の責任なのだ。自戒を込めて…。

みんなの向上心、探究心には頭が下がる思いだ。お陰で新たな発見がいくつも。

立場上「先生」と呼ばれれてはいるものの、みんな、そしてこの春卒業したみんなと私には50人以上の先生がいると思っている。それは、いろいろな「きっかけ」を私に与えてくれたから。

(2018年4月9日)

教育の最大の目的は、「きっかけ」を与えることだと思っている。その「きっかけ」が向上心、探究心につながり何かを掴んでくれると嬉しい。卒業生を含めみんなは、私にそういう気持ちにさせてくれたのだ。50数人の先生…なんと贅沢なことか。

人間誰しも、望もうが望むまいが必ず誰かの「先生」にならねばならない時がくるものだ。その誰かにいろいろな「きっかけ」を与えられるよう経験を重ねてほしい。向上心、探究心を持ち続けてほしい。

(2018年4月10日)

みんなは何のために音楽をしている?

私はその答えを見つようといまだにもがいているのかもしれない。

各々に答えはあるだろうし、同じ答えはないと思う。しかし、それでいいのだ!ただ、いつも言うように、聴く人、受けとめてくれる人がいて初めて音楽になる、ということだけは覚えていてほしい。

(2018年4月14日)

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集中力

嬉しいのは、前回見えた課題を自ら解決し、こちらの想定以上の準備をしてくれている、ということ。

その日最初に音を出した瞬間にそれが分かる。前の練習より悪くなっている、ということがない。

集中しているということ、力があるということだ。

集中力が一番発揮されるのは、やはり練習の始め。

集中力を維持するということは、その瞬間瞬間をいかに新しい気持ちで臨むか、ということだろう。

そういう環境を作ることが私の責任。私だってまだまだ勉強だ。

(2017年9月16日)

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吹奏楽コンクールを終えて(3)

巷に溢れる音源を聴いて、その通りに再現することが目的となっていると感じる演奏があまりにも多く、残念ながらその様な演奏に高い評価が行きがちなのはどうも…と友人とよくそんな話になります。何事も真似することから始まるのですが、模倣できたから満足、では私は寂しい

そこに「個性」はないということに等しいと思っています。音楽に大切なのはその人(団体)の独自性を出すことではないかと…。

模倣の先に大切なことがたくさんあるはずなんです。

個人的な思い入れはあるにせよ、今回のみんなの演奏は、模倣を超えたそれこそ「個性」溢れるものでした。

実は、音楽に、楽譜に誠実に向き合えば、個性豊かな演奏になるはずなのです。

そこを勘違いしている指導者って意外に多い…。お手本となるものが溢れているので、いいところを選んで耳に焼けつけて、いつしか他人の解釈が自分の解釈に…(それが全て悪いとは言いませんが)。

ただ、「個性」といって何でもやっていいという訳ではない。やはり基礎は大切だし、型(かた)というのもある。経験を積むことで身に付くものもある。これからも、出来るだけいろいろな素材を提示していきたいと思っています。そこに各々「これは!」というものがあれば活かして欲しいのです。

客席で審査をする立場から話をすると、私の場合、その団体の独自性はどこにあるがまずポイントととなる。同じ様な内容の演奏が連続するとやはりつらい。評価のポイントが、ミスがないか、や音程の正確さなどに絞り込まれてしまい、結果、そうした正確さのみを追った演奏が増えてしたまい、心のない、感情のない音楽がさらに蔓延ることになりはしないか、と危惧。

ミスはない、音程も正確であるに越したことはないのだけれど(もちろん大切!)、やはり「with heart & voice」な音楽でないと…って思いませんか?

(そう思うと、今回は本当にいい選曲!)

(2017年7月29日)

← 吹奏楽コンクールを終えて(2)

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吹奏楽コンクールを終えて(2)

最初に顔合わせをした日、あの時のみんなの顔は笑顔だったけど、どこか思い詰めたような雰囲気だった。多分に不安もあっただろう。ただ、真剣に音楽に向き合おうとしている気持ちが本当に伝わってきた。みんなと一緒にやろうと思ったのは、決してお情けではない、ということは分かってほしい。

高校生であるとか、もっと大人であるとかは関係ない(練習の時にも言ったかな…)。みんなとならいい音楽が作れる、そう思わせる「何か」を感じたのは確か。

パート・リーダーさんたちに一度お話したように、3月いっぱいで前の仕事を辞めてからは、違う方向から音楽に関わろうとしていた私。しかし、思い返してみれば、一度も「やりきった感」を味わったことがなかったかもしれない…。そんな私をみんなの眼差しが奮い立たせくれたのも確かだ!

ウィーンで活躍する大学の同級生(ソプラノ歌手)はこう言っている。

「多くの困難、苦難を経験し乗り越えた人の音楽は深い。」

みんなが経験した苦難や葛藤は音楽に深みを与えてくれたと思う。それは正直私が与えられるものではない。みんなが自ら掴んだもの。そうした深さは時として技術を超える。

さて、肝心の演奏のこと…

作曲家は無駄な音を書いたつもりはない」と何度も言ってきたけど、みんなは一音足りとも無駄にしなかったし、私も書かれている音を無駄にしないよう実践してきたつもり(自由曲のカットについては正直心が痛かった…申し訳ないです)。

大きな音量が求められている部分でも、できる限り全ての楽器の音がお客様の耳に届くよう考え実践してきたつもり。これは、自分が作曲をしているからというわけではなく、指揮者の使命と思っているから。結果として、他の団体より鳴っていないという印象を与えたきらいもあるようだが…。

音楽の構造や仕組み、仕掛けを覆い隠してしまうような音量は必要ない、というのが私の信念。単純に音量の差を「表現の幅」というのであれば、考えものだ(それも大切な要素であることは否定しないけど)。

もちろん、各楽器がいい響き(単に音量ではない)を作るという大前提はあるけど、やがてサウンド中心でなく、本当の意味での音楽表現(構造や仕組みを的確に捉えた)を主眼にした評価に変わっていくはずだと思っているし、そうでなければならないと思っている。大きな音量になるほど、表現の幅を作るのが却って難しくなる、と話したことを思い出してほしい。

それぞれの楽器がいい響きを求めてこれからさらに磨きをかけていくこと、これは当然今後の課題として大切なことだけど、冷静に振り返ってみれば、もう一つ課題があるように感じている(楽器の響きということにも関連しているけど)。

そのヒントは、前日の練習に…。

但し、これについては、個々の能力、私の能力だけでは何ともしようのない要素も含まれると思われるので、ここでは詳しく触れません。

私は、みんなと出会って音楽の喜びを改めて感じることができました。この歳になって、音楽の奥深さを思い知らされることになりました。ありがとう!

みんなと音楽をやれて幸せです!

(2017年7月29日)

→ 吹奏楽コンクールを終えて(3)

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吹奏楽コンクールを終えて(1)

大分への帰途、車の中では昨日の演奏のCDが繰り返し…

こんな演奏をこのメンバーとやれた、という充実感、満足感(もちろん、結果は悔しいけど)。

大袈裟でなく、こんな演奏ができたことに音楽をやってきて本当に良かったと心から思えた。こんな感覚、今まで味わったことがない。

主役はあくまでもみんな! みんなの充実感や満足感はそれぞれあるだろう。私一人がただそれに浸っているわけにはいかないのも重々承知している。しかし間違いなく、この2カ月お互いに音楽だけでなくいろいろと感じ合うことができたのではないかと思う。決してマイナスにはならないと信じている。

みんなと一緒に音楽することで、今まで知らなかった世界を見ること、知ることができた。みんなはどうだろう…? みんなの親御さんと変わらない(多分もっと上かな…)年齢の親父のかなり理屈っぽい話に、真剣に耳を傾けてくれた。

ただ、全部を理解しようなどと思わなくてもいい。その中から、自分なりに取捨選択して自分に役立つと思ったものを今後に活かしていけばいい、そう思う。(これは音楽に限ったことではない。

音楽の世界は広いし奥深い。私もまだまだ知りたいことがある。私が伝えたことは、確かに経験に基づいたものだが、広い音楽の世界からすればほんの一部。

私の最終的な願いは、みんなが将来に渡ってどんな形でもいいので音楽に関わって欲しい、ということ。別に楽器を持たなくてもいい。音楽を大切にしてくれる人であって欲しい。

(2017年7月28日)

→ 吹奏楽コンクールを終えて(2)

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