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投稿者: kmasa1006

三拍子の話 〜第6回〜


キルンベルガーの「拍節」に関する記述には、「韻律」という言葉が頻繁に使われているし、「リズム」に関する記述にも、

楽曲のリズムは抒情詩の韻文化とよく似ている。(中略)抒情詩ではよい韻文化が極めて重要であるのとまったく同じように、旋律でも、リズムはきわめて重要な要素である。

とあるように、音楽が本質的に言葉と対応していること示しているように思う(アーノンクールもそのようなことを言っている)。


「拍節」の強弱を詩の韻律に結びつけるという考え方は、(時代は少し進むが)「コールユーブンゲン」にも見ることができる。

著者のフランツ・ヴュルナーは、小節の二等分(つまり二拍子)および三等分(三拍子に相当)を、それぞれ詩の韻律の「トロへウス」(強弱格)、「ダクティルス」(強弱弱格)と同様であるとし、こうしたアクセントがなければ、等しい長さの音が連続する場合に、それが二等分なのか三等分なのかが聴者には区別ができないであろう、説く。

ひとつの考え方としては理解できるものの、「拍節リズム」における強弱と詩の韻律を結びつけて論じるのはやや無理があると思わざるを得ないのだ。
言葉(単語)に内在する強弱あるいはアクセントは、音(おん)の長短および高低と密接な関係があるはずだ。しかし、ヴェルナーはその点に全く触れていない。

「(音楽)表現としてのアクセント」を詩の韻律と結び付けて論じているのなら話は分かるのだけれど…。


もう少し、歴史上の音楽家の記述を…。
アマデウスの父、レオポルド・モーツァルトも著書『ヴァイオリン奏法』の中で、「表現のためのアクセント」について述べている。そこで示された「強弱」関係は、現代の「拍節論」におけるアクセントと一致している(「作曲家が特別の指示をしていない限りにおいて」、との但し書きがある)。

ベートーヴェンの弟子で、ピアノの教則本でも知られるカール・ツェルニーの著書『ピアノ演奏の基礎』には、そもそも「拍節リズム」に関する言及がない。
「アクセント(強調)」に関しては、「すべての言葉は長い音節と短い音節からできている(※これは日本語にはない特徴か…/日本語のアクセントは「高低」との関係が強い)」ことを確認した上で、「それが音楽の楽想にも当てはまる」と、あくまでも「表現のためのアクセント」を言葉と結びつけて論じている。

こうして見てくると、「表現のためのアクセント」と「拍節リズム」が、いつの頃からか混同して考えられるようになってしまったのだ、と思わずにはいられなくなる。

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三拍子の話 〜第5回〜


先(第4回)に触れた「日本人独特の感覚」という点でひとつ付け加えておく。

幼い頃から触れる音楽の幅が、私のような世代からすると本当に多様になってきた。
しかし、新たに生み出される作品には、やはり、「日本人独特の感覚」が色濃く現れているものだ。
近年の(ポップス系の)ヒット曲、例えば星野源の曲や今こどもたちの間でもヒットしている米津玄師の『パプリカ』などは、その旋律の構造を見れば、ほぼ「ヨナ抜き」なのだ。
う〜ん、日本的…? ただ、それを「日本的」と感じながら聴く人、歌う人はどれほどいるだろうか、という疑問は残るのだ。
ご本人たちは作曲する上で、「日本人」であることを強く意識したわけではないと思う(もちろん、「日本人」だからこそ書けるメロディ、という面はある)。
しかし、意識はしていなくとも、それぞれの音楽経験や持って生まれた感覚、風土や言語、環境(これには「教育」も当然含まれる)から多分に影響を受けているのだ、と思わずにはいられないのだ。


さて、「拍節リズム」の話に戻ろう。

ここまで書いてきた中で、私なりにクリアにしておきたいのは次の点だ。
つまり、「拍節」における(規則化された)強弱の関係は人間の持つ感覚とは相容れないものなのではないか、ということ。そして、私たちは何の疑問もなく拍節の「強弱関係」を取り入れようとして、却って窮屈な思いをしているのではないか、ということ。

これをクリアしないことには「三拍子」の話に戻れそうもない…。

ニコラウス・アーノンクールが著書『古楽とは何か − 言語としての音楽』の中で興味深い指摘をしている。

①バロック音楽においては、当時の生活のあらゆる領域においてそうであったようにヒエラルキー(階級制)が存在していた。それは、フランス革命以降ほとんど存在しない。
②音符にも「高貴なもの(良い音符)」と「卑しい(悪い音符)」があった。
③尊卑の観念はもちろん強調と関係する。
④この図式は拡大され、小節群や全曲にも当てはめられた。また縮小もされた。

アーノンクールは、「こうした厳格な強調の図式に従って演奏されるならば、おそらくとても単調なものになるであろう。」、「単調ほど完全に反バロック的な概念はない」と言っている。

ここでアーノンクールが示した「強弱」の関係は、現代の「拍節論」におけるアクセントと一致するものの、あくまでも「表現」としての「強弱」関係と言っていいだろう。

大バッハの弟子で、その作曲技法の集大成とも言える『純正作曲の技法』を著した理論家ヨハン・フィリップ・キルンベルガーは、既述の(音楽心理学上の)グルーピング(群化)にも言及しつつ、「アクセントの正確な周期的回帰」により旋律が韻律なり拍節を獲得する、と説いているが、このグルーピングについて見逃せない記述がひとつあるのだ。

各グループの第1鼓動にアクセントをつけたり、第1鼓動は他の鼓動より強く聞こえるように思ったりするのである。

「強く聞こえるように思う」…

どうも、これが「拍節リズム」(あるいは拍節におけるアクセント)、の正体なのでは、と思えなくもない…。

「三拍子」の話が、「拍節リズム」の話にまで広がってしまったが、もう少しお付き合いのほどを。

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「第6回」につづく

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三拍子の話 〜第4回〜


私は「拍節リズム」を「強弱」のストレスのみで語ることにずっと違和感を持っていた。

拍節とは、等間隔で打たれる拍を何らかの方法でグルーピングすることで作られたものある一定の法則で秩序づけられたもの、と私は理解している。
ということは、この「拍節リズム」における強調(アクセント)は、「自然」のものではなく、誰かが「規則化」した、ということにもなるわけだ(この点については後述する)。

音響心理学では、「一定の周期的打拍が音刺激として繰り返された場合、人間は「群」にして纏めようとする。」とされており、これは「群化」と呼ばれる感覚的処理、人間としての生理的・本能的な処理なのだそうだ。
自然発生的な群化は2または4個の音集団となり、これは人間的感覚からは最も普遍的ということらしい。
半強制的に群化を行わせることで、3音あるいは5音単位の非生理的・非本能的なリズムも可能になるということだ。

やはり、三拍子は特別なのだ。
が、ここに、三拍子が難しいと言われる(そう思い込んでいる)理由のひとつはあるのかもしれない。


音楽にそれほど関わりのない方々が、三拍子の音楽をずっと二拍子で手拍子してる場面に出会うことは意外にあるし、音楽経験の浅い方に指揮棒を振っていただくと、大抵二拍子だ、それが三拍子の音楽であろうとも。さらに言うなら、人は音楽を聴取する際、余程音楽と関わりを持たない限りは、「この曲は◯拍子!」と思いながら聴き続けることはしない。こどもたちは、童謡「ぞうさん」が三拍子であることを意識しながら歌うことはまずないだろうし、カラオケで気持ちよく歌っている人だって、「これは◯拍子だ!」と思いながら歌ったりはしないものだ…。


グルーピングあるいは群化するということは、「始まり」を示す必要がある。
大抵、始まりの音は強調される。
これも人間の生理的・本能的な処理の一部なのだろう。

もっとも、一定の周期的打拍だけを聴き続けるということは日常まずあり得ない。
まぁ、「ミニマル・ミュージック」に一部それに近いものはあるだろうが…。
だから、「拍節」について、こうしたグルーピングや群化という視点のみで語ること(結局私自身もだが…)には少々抵抗があるのだ。

ただ、この点だけは指摘しておきたい。
誰もが知っている「ハッピーバースデイ」の歌。これは、アウフタクトで始まる4分の3拍子だが、大抵の人は「二拍子×三小節」という周期(フレーズ?)で手拍子を取ってしまう、ということだ。

もしかしたら、これは日本人独特の感覚なのかもしれない(「アウフタクト」の感覚がないという…。「アウフタクト」についてはいずれ考察してみるつもり。)が、「二拍」という周期が分かるくらいのある種の強調(アクセント)が、自然と生まれているのは、人間の生理的・本能的な処理なのだろう、ということは理解できる。私の師のひとりである東川清一先生は、「人々が聴いている音楽自体に、人々の手拍子を秩序づける何ものかがある」(著書『だれも知らなかった楽典のはなし』より)と仰っているが、こうした「秩序」も、国や風土、言語などによって異なるのだろうと思わざるを得ない。

しかし、音楽に携わる者にとって「三小節」という周期は、やはり「何となく収まりがつかないよなぁ…」という気分にはなる。

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「第5回」につづく

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三拍子の話 〜第3回〜


話が少し逸れてしまったので、軌道に戻そう。

洋の東西を問わず、三拍子は「特別」のものなのだ。
私たちが日頃から触れている西洋音楽、歴史を辿れば、それはキリスト教の信仰に深く関わってきたことは改めて語るまでもない。
キリスト教では、「」は聖なる数字三位一体、天・地・地獄、昨日・今日・明日という意味がある。
2で割れる数字)は世俗の数字

現在私たちが使う「拍子記号」に、ルネサンス期の定量記譜法の名残があることも改めて説明する必要はないだろうが、現在の拍子記号に当たる「メンスーラ」が、現代譜における「アクセントの周期的な反復」を意味していない、という点は押さえておきたい。「音の分割」の方法を示しているに過ぎない、ということだ。
そして、この「音の分割」、三分割は「完全分割」、二分割は「不完全分割」とされている。
「3」は宗教的にも「完全」を意味したという。
やはり、「3」は特別なのだ。


小節線」が広く使われるようになったのは、17世紀中盤以降のことと言われている。小節線が使われるようになった(必要とされるようになった)のは、ポリフォニー、器楽および舞踏の発展が深く関わっていると考えてもいいだろう。ただ、当初は、単に音符を揃えるためのもので、強拍(あるいはアクセント)を意味するものではなかった、とうことは知っておく必要がある。
ひとつ付け加えると…、
バロック期の拍子には、私たちが普段使う「拍子」とは異なる概念があったということ。テンポの基準となったのは、音符ではなく「小節」であったということ。
このテンポシステムはバロック以前からウィーン古典派まで続いた。
ベートーヴェンはこの方法から離れていった作曲家ではあるが、作品にはその影響が見て取れる。かの「英雄」交響曲(第一楽章は三拍子だ!)や第五交響曲、後に彼が付したメトロノーム記号からも、「小節」を基本拍として作られたことが分かる。さらには第九交響曲の第二楽章、4分の3拍子から2分の2拍子に変わる場面で小節の時価は変わらない、という点も見逃せないし、そうした作曲法は実は今日に至るまで受け継がれているのだ。

次の回では、小節内で分割された音符(あるいは「拍」)に「強弱」の区別をつけること、つまり「拍節」について考えてみることにしよう。


「第4回」につづく

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三拍子の話 〜第2回〜


さて、話は少し変わるが…
音楽において日本人は「三拍子」が苦手ということ(らしいの)だが、人物(あるいは事象)を評価する際に「三拍子」を用いるのが得意だ。

例えば、野球においては、「『走・攻・守』三拍子揃った〜」との表現はよく目にするし、かつては、「早い・旨い・安い」の三拍子を売りにしたどんぶり屋チェーンもあった。

日本人が好んで使う「三拍子揃う」の起源(?)となったのは、日本の伝統音楽で、小鼓(こづつみ)、大鼓(おおかわ)、太鼓(たいこ)の三種の打楽器の調子が揃ってよい演奏が奏でられることを言ったもの、と言われている。

さらに遡ってみよう。
雅楽には、「序・破・急」というテンポに関する概念がある(テンポを三段階にわけて把握する考え方はおそらくインドから発していると考える事が妥当(故小泉文夫氏)とのことだ)。雅楽においては、この「序・破・急」三つが備わっている楽曲は整った形式の楽曲とされているのだが、実際はその完備した楽曲はそれほど多くはなかったそうだ。

三つを備えること、それは理想の形を表すことになる、ということか…。

そう考えると、「三拍子揃う」ということが、「大切(必要)な条件(要素)がととのっている(備えている)のこと」、「理想形」ということの意味で使われることに異論はない。
まあ、「飲む・打つ・買う」や「キツい・汚い・危険」(いわゆる「3K」)といった、「マイナス」な意味での使われ方も現代にはあるけど…。

ここで考えておきたいのは、3つに分けることの意味、3つ(の要素)を備えることが何を意味しているのか、ということ。


直感でしかないのだが、それは人間の日常の生活サイクル(あるいはリズム)に直結している、深く関わっているのではないか、というのが私の考えだ。
つまり、活動(仕事や勉学など)の時間・くつろぎの時間(プライベートな時間)・睡眠の時間、ということだ。
この3つのバランスがどうとれているかが、人格の形成(あるいは精神面)に多少なりとも影響を与えていると考えられないだろうか? そこから生まれる文化にも当然影響を与えるはずだ…。
これら3つは、人間の営みの(歴史の)中でほとんど変わることのなかった大切な要素ではないか…?(どこかに偏りがあろうと)。
全ての文化は、人間の営みを反映している。これは日本の文化に限ったことではないだろう。

私だって、仕事もプラーベートも充実、睡眠もしっかり…、「三拍子揃った」と言ってみたいものだ。


「第3回」につづく

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三拍子の話 〜第1回〜


音楽において、日本人は三拍子が苦手だとよく言われる。

その根拠は…?

実は、「なるほど!」と思えるような答えに出会ったことはない。
リズムの感じ方・捉え方については、「農耕民族」と「騎馬民族」では違いがあり、「農耕民族」である日本人は二拍子、と何となく理解させられてはいるのだが…。

ただ、少し違った視点から、こんな考察に出会ったことがあり、「それはあるかもしれない」と感じたことはある。

あるピアニストの方の考えだ。

①1、2、3を音にすると「いち、に、さん」となる。
 (この読み方、言い方が三拍子に上手くはまらないのではないか)

②さらにローマ字表記にすると「ichi – ni – san」となる。
③繰り返すにしたがって、「3」の語尾「n」が、なんとも「1」に戻ろうとする力に「ブレーキ」をかけてしまって、いまいちスムーズに「1」に戻れない…

のではないか、ということらしい。

そこで、この方は、「さん」を「さ〜」と言ってみるアイデアを示している。

個人的には、「ひ〜、ふ〜、み〜」とやった方が…と思ったのだが…。

「解決法」は様々考えらると思うし、こうした(ある種の)試行錯誤は続いていくことだろう。
どのような方法が「正解」か、などということを追求することはないと思う。
人それぞれの「解決法」を見つけ出すことが大切だ。

しかし、何より大切なのは、この方が指摘しているように、
それぞれの言語の持つ特徴が、もしかすると、密接にその言語を使う人種の音楽性にも深く関与しているのかも」しれないということを、私たちは頭の隅にでもおいておく必要がある、とうこと。


「拍子」の話とは少し違うが…、
例えば、若かりしころ、四分音符が連なった曲を演奏していて、「音が短い」と指摘されたことが度々あったが、後に「いち、にっ、さん、しっ」という語感をそのまま音符に反映させていたのだ、と気付いたものだ。
(今の教科書にはどのように書いてあるかは知らないが、四分音符は「タン」、八分音符は「タ」と書かれ、そう教えられてきたことも影響していたのだろうと思う。)


「第2回」につづく



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my works


私の作品や仕事をご紹介します。

※一部の作品は出版社様のサイトやYouTubeで音源の試聴が可能です。


wind band (吹奏楽)※2025年11月19日更新


brass band (英国式ブラスバンド)


wind ensemble (管楽器中心の重奏曲)※2025年11月19日更新


solo & chamber music (独奏曲&室内楽曲)


arrangement & transcription (編曲)※2025年11月19日更新


contribution, criticism, & review (寄稿、批評、レビュー)


その他



contribution, criticism, & review


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コンサート・レビュー『2025年6月28日 広島ウインドオーケストラ 第63回定期演奏会』(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2025年9月号)


コンサート・レビュー『2024年5月18日 九州管楽合奏団 定期演奏会2024』(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2024年8月号)


「九州吹奏楽コンクール 高等学校の部」講評(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2023年11月号)


第7回「国際行進曲作曲コンクール」(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2023年9月号)


正門研一氏がイタリアで行われた「第7回国際行進曲作曲コンクール」で総合1位を獲得!特別インタビュー!(2023年7月24日『Wind Band Press』様に掲載)


コンサート・レビュー『2023年4月6日 第4回菅原淳アレンジ・コレクション FUKパーカッション・ギャラリー』(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2023年6月号)


コンサート・レビュー『2022年11月13日 広島ウインドオーケストラ 第57回定期演奏会』(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2023年1月号)


コンサート・レビュー『2022年3月30日 広島ウインドオーケストラ 第53回定期演奏会(延期公演)』(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2022年6月号)


「九州吹奏楽コンクール 中学校の部」講評(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2021年11月号)


「ジャポーネ、ケンイチ・マサカド!」イタリアの第6回国際行進曲作曲コンクールで第2位を受賞、正門研一氏特別インタビュー(2021年6月22日『Wind Band Press』様に掲載)


「スコアのしくみ:音楽を形づくる要素(4)テンポ(1)」:正門研一氏が語るスコアの活用と向き合い方(その6)(寄稿:2021年3月8日『Wind Band Press』様に掲載)


コンサート・レビュー『2020年10月24日 広島ウインドオーケストラ 第54回定期演奏会』(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2021年1月号)



『音楽はどのように聴取される? 〜音楽理論とともに知っておきたいこと」:正門研一氏が語るスコアの活用と向き合い方(その5)』(寄稿:2020年12月2日『Wind Band Press』様に掲載)


『コロナ禍を私たちはどう生きたか~未来に残すそれぞれの記憶~:アンサンブル太陽さん(吹奏楽団)へのインタビュー』(寄稿:2020年11月26日『Wind Band Press』様に掲載)


『プロとしての矜持を見た!広島ウインドオーケストラ第54回定期演奏会(2020/10/24)舞台裏レポート』(寄稿:2020年10月26日『Wind Band Press』様に掲載)


TOPICS「アップデート」(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2020年11月号)


「スコアのしくみ:音楽を形づくる要素(2)音の配置全般」:正門研一氏が語るスコアの活用と向き合い方(その4)(寄稿:2020年10月5日『Wind Band Press』様に掲載)


「スコアのしくみ:音楽を形づくる要素(1)拍子・調性」:正門研一氏が語るスコアの活用と向き合い方(その3)(寄稿:2020年8月11日『Wind Band Press』様に掲載)


「スコアを読む前に&『感情を込めて』とは?」:正門研一氏が語るスコアの活用と向き合い方(その2)(寄稿:2020年8月7日『Wind Band Press』様に掲載)


「なぜスコアを買って勉強した方がいいの?」作曲家・指揮者:正門研一氏が語るスコアの活用と向き合い方 (寄稿:2020年5月13日『Wind Band Press』様に掲載)



コンサート・レビュー「2019年6月9日 広島ウインドオーケストラ 第51回定期演奏会」(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2019年8月号)


「流行り廃りではなく、その時の自分の想い、その時じゃないと書けない作品を残していきたい」作曲家:正門研一さんインタビュー(2019年1月30日『Wind Band Press』様に掲載)


「九州吹奏楽コンクール 高等学校の部」講評(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2018年11月号)


コンサート・レビュー「2018年6月23日 広島ウインドオーケストラ 第49回定期演奏会」(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2018年9月号)


聴衆の耳と心 開く 〜寄稿 広島ウインドオケ米国公演(寄稿:2018年2月1日『中国新聞』)


「九州吹奏楽コンクール 中学校の部」講評(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2017年11月号)


コンサート・レビュー「2017年5月27日 広島ウインドオーケストラ 第47回定期演奏会」(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2018年8月号)


コンサート・レビュー「2017年4月22日 日本ウインドアンサンブル『桃太郎バンド』 アニュアル・コンサート2017」(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2017年7月号)


コンサート・レビュー「2016年3月5日 日本ウインドアンサンブル『桃太郎バンド』 アニュアル・コンサート2016」(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2016年5月号)


「九州吹奏楽コンクール 高等学校の部」講評(寄稿:『バンドジャーナル』誌 2014年11月号)



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solo & chamber music


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MCH-004
ソナタ・メカニカ 〜独奏ユーフォニアムのための
 Sonata meccanica for Solo Euphonium

 1.Attivo 演奏時間:約2分40秒
 2.Meditativo 演奏時間:約4分35秒
 3.Ritomico 演奏時間:約1分50秒

 作曲年:2021年

 楽器編成:ユーフォニアム独奏(無伴奏)

 ◆2021年
  トリニティ国際音楽コンクール
  作曲(プロフェッショナル)部門『金賞
  (カナダ・トロント)
 ◆2022年
  ロイヤル・サウンド音楽コンクール:2022年冬
  作曲(上級)部門『第2位
  (カナダ・モントリオール)

 音源:YouTube(出版社)

 出版:ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ
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MCH-003
シャコンヌ 〜唱歌「砂山」による
 Chaconne, on Japanese Folk Song “Sunayama” ,
 for Clarinet (in A) and Piano

 作曲年:2019年

 楽器編成:クラリネット(A管)、ピアノ
      (Bb管でも演奏可能)

 演奏時間:約6分30秒

 ◆久多良木則子氏委嘱作品
 ◆2022年
  ロッキー・マウンテン音楽コンクール:2022年冬
  作曲(上級)部門「第3位』および『聴衆賞
  (カナダ・トロント)

 音源:YouTube(出版社)

 出版:ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ
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MCH-002
巡礼:春 〜ヴァイオリン、チェロとピアノのために
 Pilgrimage : Spring, for Violin, Violoncello and Piano

 作曲年:2015年

 演奏時間:約9分45秒

 ◆和楽器アンサンブル「息吹」主催
  「ふるさと大分の響き 2016」出品
 ◆2021年
  ティツィアーノ・ロセッティ国際音楽コンクール
  作曲部門『第2位
  (スイス・ルガーノ)
 ◆2021年
  トリニティ国際音楽コンクール
  作曲(プロフェッショナル)部門『金賞
  (カナダ・トロント)

 音源:YouTube(出版社)
    YouTube(初演)

 出版:ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ
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Waltz for “K”

 作曲年:2000年

 楽器編成:ピアノ独奏

 演奏時間:約1分50秒

 音源:YouTube(作曲者)

 楽譜:Score Exchange
    Sheet music Direct


MCH-001c
ヴォカリーズ 2:きぼう
 Vocalise 2 : kibou (Espoir) , for Oboe and Piano

 作曲年:2000年/2020年改編

 楽器編成:オーボエ、ピアノ

 演奏時間:約5分

 音源:YouTube(出版社)

 出版:ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ
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MCH-001b
ヴォカリーズ 1:こもりうた
 Vocalise 1 : komori-uta (Berceuse) ,
 for Trombone (or Euphonium) and Piano

 作曲年:2000年/2020年改編

 楽器編成:トロンボーンまたはユーフォニアム、ピアノ

 演奏時間:約3分45秒

 音源:YouTube(出版社)

 出版:ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ
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MCH-001a
モノローグ 〜独奏ユーフォニアムのための
 Monologues for Solo Euphonium

 1. 闇(Darkness) 演奏時間:約3分
 2.ロンドー(Rondeau)演奏時間:約4分20秒

 作曲年:2000年/2020年改編

 楽器編成:ユーフォニアム独奏(無伴奏)

 音源:YouTube(出版社/演奏:今村耀さん)
    YouTube(Euphonium in the time of COVID)

 出版:ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ
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brass band (british style)


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MBB-003/MWE-009a
■祈り…そして展望 〜2つの主題による交響的変容
 Prayer … and Visions :
 Symphonic Transfiguration on Two Themes

 作曲年:2021年

 演奏時間:約7分10秒

 ◆『アダージョとアレグロ』(2010年)を改編
 ◆「レッド・メイプル音楽コンクール(2022年冬)
  作曲(上級)部門「第3位」(カナダ・トロント)

 音源:YouTube(作曲者)

 楽譜:Score Exchange (score only)
    Sheet music Direct (score only)


MBB-002/MWB-020a
オマージュ(2014年 / 2020年)
 Homage for Brass Band

 作曲年:2020年

 演奏時間:約8分45秒

 ◆吹奏楽曲『讃 〜吹奏楽のために』(2014年)を
  ブラスバンド向けに改編


MBB-001
コンサート・マーチ「アライズ・マイ・ミューズ !!」
 Arise, my muse !!, Concert March

 作曲年:2010年/2024年改訂

 演奏時間:約3分55秒

 ◆福岡フローリッシュ・ブラス
  結成10周年記念委嘱作品

 音源:YouTube(出版社)

 出版:ゴールデン・ハーツ・パブリケーションズ
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